堀尾 青史(ほりお せいし、1914年3月22日〈大正3年〉 - 1991年〈平成3年〉11月6日)は、日本の紙芝居作家・児童文学作家。宮沢賢治の伝記研究でも知られる。
経歴と出会い、紙芝居に関わる。その前年、東北大冷害の取材のために岩手県を訪れ、宮沢賢治とその前年の死去を知る[1]。その後、賢治の実弟である宮沢清六の知遇を得て、賢治の事績について研究を始める。戦後は1948年民主紙芝居集団、1968年子どもの文化研究所に参加。また、農山漁村文化協会や全日本社会教育連合会に勤務した[1]。
1966年、宮沢賢治の編年体伝記『年譜宮澤賢治伝』(図書新聞社)を刊行する。従来の年譜や伝記より詳細な内容であった。すぐに売り切れ、版元から増刷を求められたが、資料が発掘中で賢治全集もまだ不完全として固辞したという[2]。堀尾の賢治研究は、『校本宮澤賢治全集 第14巻』(筑摩書房、1977年)の「年譜」で集大成され、原稿用紙1000枚・300ページという、より詳細で浩瀚なものとなった[3]。この「年譜」は1991年に抜粋された単独書籍として刊行された。堀尾の没後に編集された『【新】校本宮澤賢治全集』でも、その後の研究で考証が見直された箇所はあるものの、基本的には堀尾が作成した年譜がベースとなっている[4]。
文民教育協会子どもの文化研究所の第3代所長を務めた[5]。
1970年『こねこちゃん』で高橋五山賞受賞。1991年9月には、花巻市から宮沢賢治賞を受賞したが、その2ヶ月後に亡くなった。
文民教育協会子どもの文化研究所では、2015年に堀尾の生誕100年と業績を記念して、広く紙芝居文化の振興に貢献した個人・団体を対象とした「堀尾青史賞」を創設した[5]。
著書
『いぬ えとおはなし』ヱンゼル社 1957年
『日本の子どもの歴史』お話博物館 5年生 白崎海紀絵 実業之日本社、1957年
『ぺんぎんのおやこ』山田三郎美術 エンゼルブック人形絵本、1957年
『たんぼのなかの一けんや』高田三九三訳詞 エンゼルブック人形絵本、1958年
『こうさぎピンク』杉浦敬民美術 エンゼルブック人形絵本、1959年
『小林一茶 孤独の俳人』佐藤忠良絵 岩崎書店 少国民の偉人物語文庫、1959年
『フォスター』下総皖一監修 小谷野半二画 童心社、1962年
『うみのたんけん』黒谷太郎
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