基隆市
[Wikipedia|▼Menu]

台湾省 基隆市別称: 鶏籠・雨港・雨都
時計回りに上から: 基隆市の遠景、高速道路1号起点、基隆港八斗子から望む基隆島、基隆港の風車オブジェ、基隆海岸、中正公園
市庁舎位置
地理

座標:.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯25度08分0秒 東経121度44分0秒 / 北緯25.13333度 東経121.73333度 / 25.13333; 121.73333座標: 北緯25度08分0秒 東経121度44分0秒 / 北緯25.13333度 東経121.73333度 / 25.13333; 121.73333
面積:132.7589 km2
各種表記
繁体字:基隆
日本語読み:きいるんし[1]
?音:J?long
通用?音:Jilong
ウェード式:Chi1-lung2
注音符号:?? ??????
片仮名転写:ジーロン
台湾語:Ke-lang
客家語:Ki-lung
行政

基隆市旗基隆市章

基隆市旗基隆市徽
行政区分:
上位行政区画: 台湾省
下位行政区画:7区
基隆市長:林右昌(民主進歩党
公式サイト: ⇒基隆市政府
情報
総人口:369,055[2] 人(2019年10月)
世帯数:154,538[2] 戸(2019年10月)
郵便番号:200~206
市外局番:02
基隆市の木:楓香
基隆市の花:紫薇
基隆市の鳥:
テンプレートを表示

基隆市(キールン/チーロン[3]/きいるん-し、繁体字中国語: 基隆市、英語: Keelung City)は、台湾省である[注 1]。.mw-parser-output .toclimit-2 .toclevel-1 ul,.mw-parser-output .toclimit-3 .toclevel-2 ul,.mw-parser-output .toclimit-4 .toclevel-3 ul,.mw-parser-output .toclimit-5 .toclevel-4 ul,.mw-parser-output .toclimit-6 .toclevel-5 ul,.mw-parser-output .toclimit-7 .toclevel-6 ul{display:none}
概要

台湾北部に位置する港湾都市であり、首都台北市の北約30kmに位置する[4]

台湾の貿易・物流の重要拠点であり、高雄港に次ぐ台湾第2位の貨物取扱量を誇り、台北市の外港である基隆港を擁している。鉄道・縦貫高速道路の起点でもあり、台湾島内全域と結ばれている[2]

造船製鉄・肥料などの工業のほか、漁業も盛んであり、水産加工業が発達している[2]

2020年現在の人口は、367,577人[5]。面積は約133km2。
地理
地形

東を雪山山脈に、西を大屯山に囲まれており、平地は少ない。東シナ海から深く湾入した沈降地形が、良港となっている[2]
気候

ケッペンの気候区分では温暖湿潤気候 (Cfa)に属する。

基隆市は世界有数の多雨地となっており、「雨港」・「雨都[6]」の異称がある[2]。特に北東季節風が吹く10月から4月にかけては、雨天日数が月平均で21日に達する[2]

基隆市 (1981年から2010年)の気候
月1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月年
平均最高気温 °C (°F)18.3
(64.9)18.8
(65.8)20.8
(69.4)24.4
(75.9)27.7
(81.9)30.7
(87.3)33.0
(91.4)32.3
(90.1)29.6
(85.3)26.2
(79.2)23.3
(73.9)19.9
(67.8)25.42
(77.74)
日平均気温 °C (°F)16.0
(60.8)16.2
(61.2)17.9
(64.2)21.3
(70.3)24.5
(76.1)27.3
(81.1)29.3
(84.7)28.9
(84)27.0
(80.6)24.1
(75.4)21.2
(70.2)17.7
(63.9)22.62
(72.71)
平均最低気温 °C (°F)13.9
(57)14.2
(57.6)15.5
(59.9)18.8
(65.8)22.0
(71.6)24.6
(76.3)26.4
(79.5)26.2
(79.2)24.7
(76.5)22.2
(72)19.2
(66.6)15.7
(60.3)20.28
(68.52)
雨量 mm (inch)335.8
(13.22)399.1
(15.713)332.3
(13.083)240.9
(9.484)296.1
(11.657)286.7
(11.287)150.4
(5.921)212.8
(8.378)360.8
(14.205)413.4
(16.276)394.7
(15.539)332.1
(13.075)3,755.1
(147.838)
平均降雨日数 (?0.1 mm)21.019.621.117.218.814.29.211.515.017.719.920.1205.3
湿度81.282.583.681.681.779.675.176.778.679.279.078.579.8
平均月間日照時間54.548.065.683.490.3125.4203.0192.5149.194.358.752.61,217.4
出典:中央気象局[7]

行政区画基隆市行政区画

中山区

七堵区

暖暖区

仁愛区

中正区

安楽区

信義区

歴史

「基隆」というの地名の由来は、一帯に住んでいた台湾原住民平埔族ケタガラン族の族名がなまってケランとなり、それに台湾語音によって漢字が宛てられ、鶏籠(?籠, ケーラン)と呼ばれていたことに由来する。今日でも台湾語ではこう呼ばれる。

1626年スペイン人が社寮島(現在の和平島)を占領しサン・サルバドル城を築き、その頃には先住民や漢人の町が形成された。1642年オランダ人がスペイン人に代わって社寮島を占領し、石炭の採掘に着手したが、1668年鄭経がオランダ人を駆逐し拠点とした港町である。その後1683年清朝の支配下に入る。これにより入植する漢人が増えたが、イギリスの軍船による侵犯事件が起こる。清朝統治時代1863年、対外的に正式に開港した。さらに1875年に清朝政府がここに台北分防通判を置いたことから、ケーランと近い音でさらに「基地昇隆」の意味を込めて、鶏籠から基隆(キールン)に改称した[4]客家語発音である)。

1884年フランス軍が基隆に上陸し劉銘伝率いる部隊と8ヶ月に渡り対峙する清仏戦争が起こった。1886年に劉銘伝は台湾巡撫に就任し、基隆の重要性を認識していたので、鉄道の施設、港湾砲台の修復を積極的に進め、台湾初となる鉄道トンネルとなる獅球嶺隧道を完成させた。

1895年日本下関条約により台湾を接収、澳底に上陸ののち基隆に入った。以後の日本統治時代も一貫して正式な読みは「きいるん」であった。基隆は日本統治時代以前から対外貿易の拠点となっていたが港湾の水深が浅く岩礁も多かったため大型船の停泊には適さず、近代的な港としての発展には限界があった。日本政府は台湾統治を開始した4年後の1899年より港湾周囲の浚渫(しゅんせつ)工事と防波堤の建設などを進め、1万トン級の船舶が停泊可能な近代港湾として整備した。同時に基隆は台湾縦貫鉄道の北側の起点とされ、その経済的な重要性はさらに高まった。また軍事面でも基隆は海軍が駐留する軍港とされ要塞地帯(基隆要塞)にも指定されていた。

基隆は台湾北部に位置し、内地に最も近い立地のため、内地との貿易港としても繁栄した。また内地から移住する多くの日本人により急速に都市化が進展、1925年には市制が施行され人口は約7万(内地人が25%)の都市へと発展した。


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:58 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef