この項目では、山口県山陽小野田市の地域について説明しています。
千葉県にあった郡については「埴生郡」をご覧ください。
長野県にあった町については「埴生町」をご覧ください。
日本にあった村については「埴生村 (曖昧さ回避)」をご覧ください。
京都府南丹市の地名については「園部町埴生」をご覧ください。
埴生地域
はぶ
国 日本
地方中国地方
都道府県山口県
自治体山陽小野田市
旧自治体厚狭郡埴生町→山陽町の一部
面積24.63km²
世帯数2,166世帯
総人口4,918人(国勢調査
埴生(はぶ)は、日本国山口県山陽小野田市西端部の地名。下関市と宇部市のほぼ中間に位置し、周防灘(瀬戸内海)に面する。国道2号と国道190号の結節点であり、山陽オートレース場が所在する。
当項目では大字埴生を中心に、かつて厚狭郡埴生町(村制時代は生田村)であった区域にある大字福田(ふくだ)、大字津布田(つぶた)を併せた、山陽小野田市の埴生地域について解説する(以後「大字」は省略する)。埴生町・生田村については#近現代において扱う。
埴生地域の総人口は4,918 人(2020年10月1日現在)[3]、総面積は24.63 km2[4]である。
地理埴生の中心集落(石山公園より撮影)丘陵地(下福田)
山陽小野田市西部の海岸平野(埴生低地)に位置し、周辺を石山山地、津布田丘陵などの丘陵地に囲まれている[5]。下関市に隣接しており、同市と密接な関係を持つ地域である[6]。中心集落(埴生字上市から字浜崎にかけての海岸沿いの地域)は埴生低地に形成された漁村集落であり、周辺の福田・津布田は農業を主とする。
おもな河川としては、糸根川が大持集落(おおもつ、埴生の北部に位置)から、前場川が北東部の福田からそれぞれ南流し、周防灘へ注ぐ。埴生低地は両河川の下流部に広がる谷底平野である。南東部の津布田には三畳紀の炭田(無煙炭)が広がり、昭和中期まで採掘が行われていた。 埴生(山陽小野田市)は瀬戸内海式気候と太平洋側気候の接点にあたり、両気候の性質を併せ持った気候となる。埴生にアメダスは設置されていないが、旧山陽町の1971年から1980年の統計によると、年平均気温は15 ℃、年平均降水量は約1,600 - 1,700 mm、降雪日数は年4日という。降水量の3分の1は梅雨期に集中する[7]。 年大字埴生大字津布田大字福田合計出典 埴生地域においては縄文時代・弥生時代の遺跡は希薄であるが、これは1980年代時点でほとんど調査がなされていなかったことが理由である[14]。古墳時代後期には津布田に平松古墳群が築造され、古墳時代末期には、埴生にも複数の円墳が築造された。 『延喜式』には山陽道の駅家として「埴生」が記されている。これが地名としての「埴生」の初出である。 鎌倉時代初頭の埴生地域内には石清水八幡宮の荘園として埴生荘・津布田荘がおかれていた。
気候
人口の推移
1995年4,9641,5952906,849国勢調査[8]
2000年4,7021,6062626,570国勢調査[9]
2005年4,5121,4992536,264国勢調査[10]
2010年4,1591,3742375,770国勢調査[11]
2015年3,9211,2502105,381国勢調査[12][13]
2020年3,6391,0821974,918国勢調査[3]
歴史
古代以前
中世
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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