国鉄専用型式
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国鉄専用型式 三菱P-MS735SA
車両称号 : 744-4952→H654-84452

国鉄専用型式(こくてつせんようかたしき)は、日本国有鉄道自動車局(国鉄バス)が東名高速線の運行に際して開発させ、1969年から1986年まで導入された、特別設計のバスの総称である。書籍によっては国鉄専用形式(こくてつせんようけいしき)と記載されていることもある。「かたしき」は運輸省(現国土交通省)の自動車に関する用語、「形」の字を用いる「けいしき」は国鉄の用語である[注釈 1]目次

1 前史

1.1 試作・試験用車両の開発

1.2 量産車


2 国鉄専用型式の開発と導入

2.1 要求仕様

2.2 開発された車両

2.3 メーカーの苦悩

2.4 エピソード


3 最後の国鉄専用型式

3.1 ハイデッカー化

3.2 ターボチャージャーの採用


4 終焉

4.1 市販車の導入

4.2 強馬力指向

4.3 運用終了まで

4.4 保存車


5 功績

6 脚注

6.1 注釈

6.2 出典


7 参考文献

7.1 書籍

7.2 雑誌記事


8 関連項目

前史
試作・試験用車両の開発

1958年、国鉄バスは来るべき高速バス時代に向け、国鉄バス専用道(白棚線)にて、日野BC10型を使用した高速試験を開始した。

国鉄からの発注を受け、まず1961年に試作車両として日野RX10P型(車両称号 : 773-1901)を製造、1962年にはいすゞBU20PA改型(車両称号 : 713-2501→741-2901)が製造された。これらの車両は1台ずつで、実際には名神高速道路での営業運行には用いられなかったといわれている[注釈 2]。流線型の車体は、当時のバスとは大きく異なる印象を受けるものであった。

また、三菱1962年に販売が開始されていた MAR820型をベースとした試作車として、MAR820改型(車両称号 : 743-2901→744-2901)を開発した。この車両はその後製造された量産車に近い外観で、試験終了後には名神高速線で実際に営業に使用された。

これらの試作車により、白棚線のバス専用道や一部完成した名神高速道路での走行試験が行われ、加減速性能や操縦安定性を確認した。
量産車

1964年(昭和39年)の名神高速道路全通に伴う名神高速線の運行が決定すると試作車のテスト結果を踏まえて各メーカーに高速バスに対応した車両の開発を依頼した。

日野は1963年(昭和38年)にはRX10Pを発展させたRA100Pを開発。エンジンは当時最高出力といわれた180°V型12気筒16リッターのDS120型 (320 PS) を搭載した。

三菱はMAR820の改良型となるMAR820改を開発。エンジンはターボチャージャー付き8DB20AT型 (290 PS) を搭載。

いすゞはBU20Pをベースとして渦電流式リターダを装備した高速仕様車BU30Pを開発。エンジンはターボチャージャー付きDH100H型 (230 PS) を搭載。

日産ディーゼル(現 : UDトラックス)では1963年(昭和38年)に6RA110を開発した。エンジンは230 PS。

上述4車からRA100P・MAR820改を採用。当初導入車両は車体長が11.5 mであったが、1964年導入の1台だけは大型自動車枠上限の12 mまで延長された上で車内便所も設置された。この評価を踏まえて1965年(昭和40年)以降の増備車では、全車両に便所ならびアンチスキッド装置の装備と車体長も全て12 mに延長された。

日本急行バス(現 : 名古屋観光日急名鉄バス)ではBU30Pも、日本高速自動車(現 : 名阪近鉄バス)では近畿車輛が架装したオリジナルボディのAR820改を導入した[注釈 3]

国鉄専用型式の開発と導入
要求仕様

東名高速道路の全通を1969年に控え、国鉄バスでは東名高速線の運行を行うことになった。名神高速線に使用された車両の運用・保守実績から、東名高速線にはさらに高速バス運行に特化した特別設計の車両を導入することを決定、1966年に各車両メーカーに開発を依頼した。

国鉄から要求されていた性能は、下記に挙げるようなものであったが、この要求は、当時のバス・トラック用のエンジンは230 - 280 PSというのが標準レベルで、最も強力なエンジンを搭載していた日野 RA100P でも320 PSであったこと、また、当時の一般的な1.5 Lクラスの乗用車でさえ、120 km/h程度の最高速度であることを考えると、大型バスに対する性能要求としては、当時の自動車全般の常識を大きく逸脱した内容であった。

エンジン出力は自然吸気ターボチャージャーなどの過給器なし)で320 PS以上

当時の国鉄は、ターボチャージャーの信頼性を疑問視していたため、採用は認めていなかった。
ただし、当時ユニフロー2ストロークエンジンを主力商品としていた日産ディーゼル工業だけは、スーパーチャージャーが必須となる為例外として認められている。


最高速度140 km/h、巡航速度100 km/h[1]

3速で80 km/hまで加速が可能というギアリング

途中バスストップでは短い距離での加速を強いられるが、名神高速線で採用された車両の性能では合流時までに十分な加速ができないことがあった。基準は、0 km/hの状態から発進、加速して400 m先に到達するまでの時間(ゼロヨン加速タイム)は29秒以内で、追い越し加速では4速80 km/hから100 km/hまでは15秒以内と定められた[注釈 4]


高性能ブレーキ

フェード・ヒートトラック・タイヤスキッドを防止することで安全性を向上することを目的とする[2]排気ブレーキの基準は、4速で100 km/hから60 km/hまでの減速が22秒以内と定められた。


サブエンジン式冷房装置

名神高速線で採用された車両は直結式冷房で、発電能力の落ちる渋滞時にバッテリー消耗を引き起こしたり、登坂時にも出力低下を抑えるため冷房カットを行う必要があった。


急激なエア漏れを防ぐチューブレスタイヤ

便所の設置

東京 - 名古屋は所要5時間以上、ドリーム号は所要8時間以上となるため、必要と考えられた。


高速走行時の浮き上がりを防ぐワイパー

また、名神高速線で運用していた車両において冷却性能の不足や駆動系のトラブルが発生したため、改善目標として「30万 kmノンオーバーホール」が定められた。耐久性がこの目標に達しているかどうかを確認するため、名神高速道路での100 km/hでの20万 km走行試験も課題として要求した[注釈 5]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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