国中地方
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国中地方
くになかちほう
甲府盆地の桃の花と南アルプス
日本
地方中部地方甲信越地方
都道府県山梨県
自治体記事参照
行政区峡中峡北峡西峡東峡南
面積3,156.37km²
総人口624,131人(推計人口、2024年4月1日)
人口密度197.74人/km²
隣接地区山梨県 丹波山村小菅村大月市富士河口湖町
静岡県 富士宮市静岡市清水区葵区
長野県 伊那市富士見町原村茅野市南牧村川上村
埼玉県 秩父市

特記事項:上記地図は広義の国中地方を表した図
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国中地方(くになかちほう)は、山梨県の中・西部に当たり、北に八ヶ岳、西に赤石山脈などに囲まれた内陸の地域である。山梨県は、主に笹子峠を境に東西に区切られており、同峠より西側が「国中地方」、東側が「郡内地方」と二地域に区分されている。
概要

国中地方の地域区分は峡中・峡北・峡西・峡東・峡南があり、広義のとしてはこの5つの地域をあわせて国中地方と呼ばれている。一方で富士川河谷にあたる峡南地域は甲府盆地と比べて文化などの面で若干の違いが見られるため、「河内(かわうち)」と呼んで区別することがある。この場合、県内は国中・河内・郡内の3地方に分けられ、狭義の国中地方は富士川河谷地域を除いた山梨県中西部となる。

平成の大合併後に地域振興局が再編され、峡中・峡西地域を管轄する「峡中地域振興局」と峡北地域を管轄する「峡北地域振興局」が統合され「中北地域県民センター」となった。このため峡中・峡西・峡北の地域は新たに「中北地域(ちゅうほくちいき)」と呼ばれ、峡東地域・峡南地域とあわせて天気予報などでも使われ始めている。
位置

山梨県の西側に位置し、県庁所在地である県内最大の都市の甲府市を含む。
産業

国中地方東部では果樹園などが数多く存在し、第一次産業が盛んである。

国中地方南部では林業(第一次産業)や、はんこの製造(第二次産業)などが盛んである。

国中地方中部では加工業製造業ICT産業などの第三次産業が盛んである。
地理的関係

国中地方が位置する山梨県は距離的な関係から、中部地方に分類されながらも中京圏愛知県よりも首都圏東京都との結びつきのほうが強い。
地形

盆地甲府盆地

高原清里高原乙女高原

山岳金峰山愛宕山八ヶ岳甲斐駒ヶ岳茅ヶ岳甘利山北岳間ノ岳仙丈ケ岳観音岳薬師岳アサヨ峰小太郎山、千頭星山、櫛形山甲武信ヶ岳木賊山鶏冠山身延山七面山毛無山

河川富士川釜無川)、荒川、黒沢川、御勅使川、滝沢川、坪川、秋山川、笛吹川日川早川、下部川

湖沼:臼井沼(現存しない)

温泉信玄の湯 湯村温泉積翠寺温泉増富温泉芦安温泉、金山沢温泉、やまなみの湯、石和温泉下部温泉西山温泉奈良田温泉

ダム荒川ダム大門ダム、上来沢ダム、小樺ダム広瀬ダム、琴川ダム、上日川ダム雨畑ダム西山ダム

自然公園四尾連湖県立自然公園南アルプス巨摩県立自然公園

自治体

甲府市山梨市笛吹市甲州市甲斐市韮崎市北杜市南アルプス市中央市

中巨摩郡昭和町西八代郡市川三郷町南巨摩郡南部町、南巨摩郡身延町、南巨摩郡早川町、南巨摩郡富士川町

平成の大合併後、域内に村は存在しない。

歴史
先史

約3万年前 - この頃から人々が生活していたことが判明している
[1]

古代

4世紀後半 - この頃、
東日本最大級の前方後円墳銚子塚古墳国指定史跡)が造られた[2]


8世紀頃 - 甲斐国設置。東海道に属す。国の中心は現在の笛吹市周辺に置かれたと考えられる[1]

中世

1131年頃 - 甲斐国に源義清清光の親子が入り、甲斐源氏を興したと考えられる[1]

鎌倉時代 - 鎌倉幕府によって甲斐源氏の武田氏が甲斐国守護に任じられた。

1281年 - 身延山久遠寺日蓮宗総本山)が創建される。

室町時代 - 甲府周辺に魚座がひらかれる。

戦国時代


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