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四月の魚
監督大林宣彦
脚本内藤忠司
『四月の魚』(しがつのさかな)は、1984年に日本で制作されたラブコメディ映画。一般公開は1986年。原作はジェームス三木の小説『危険なパーティー』。同時上映は『熱海殺人事件』。
タイトルの「四月の魚」とは四月馬鹿(エイプリルフール)をあらわすフランス語から[1]。映画の中で根本昌平が万理村マリに、フランスでは4月1日を「ポワソン・ダヴリル (Poisson d'avril)」といい、魚の形をしたチョコレートを贈ると恋愛が成就するという嘘をつく。映画公開時の文献には『四月の魚・ポワソン・ダヴリル』と書かれているものもあり[2]、「ポワソン・ダヴリル」をタイトルに含まれることが多い[3]。
日本で初めて映画のためのプロモーションビデオが製作された[1]。 初監督作品が高く評価された根本昌平は、主演女優の衣笠不二子と結婚した。しかし映画は興行的にはまったく振るわず、その後1本の映画も撮ることなく歳月が過ぎる。 ある日、以前CM撮影で訪れた南の島アラニアの酋長から、日本に行くので4月1日に根本家に立ち寄るとのエアメールが届く。アラニアには友情の証として妻を一晩提供するという風習があり、昌平も以前酋長の妻ノーラとともに一夜を過ごしていた(もっとも、昌平とノーラは一晩中星の数を数えていただけであったが)。昌平は脚本家の藤沢に相談し、新人女優を替え玉にすることにした。 当日、本当の妻を理由をつけて実家に返し、藤沢の呼んだ女優、万理村マリを家に迎える。しかしマリは昌平がいつもレジで見かける憧れの女性だった。そして酋長がやってきて、パーティーが盛り上がった所に不二子が帰宅し、大騒ぎになる。 結局誤解がとけ、不二子と昌平は仲直り。酋長からノーラも替え玉だったと事を知らされる。後日、酋長の招きでアラニラ島へ出かけたマリの書いた旅行記がベストセラーとなり、映画化が決定する。マリが主演、昌平が監督をすることになる。 大林はそれまでの作品のようにロケを全くやらずに、ワンセットに近い状態で、シチュエーション・コメディのようなものをやって大林ムービーの〈休止符〉をやってみたかった[4]。このためいつものカメラマン・阪本善尚にも声をかけず、脚本も剣持亘に頼んだら時間がかかるだろうと、内藤忠司と大林の二人でジェームス三木の原作を3日で脚色した[4]。二週間で準備して25日位で撮った[4]。また何か足らないと原作にない料理を取り入れた[4]。
あらすじ
キャスト
高橋幸宏(根本昌平)
赤座美代子(衣笠不二子)
今日かの子(万理村マリ)
泉谷しげる(脚本家の藤沢富士夫)
入江若葉(あき)
三宅裕司(タイル職人・小林)
中村勘五郎
四禮正明(アイドル歌手)
明日香尚(スクリプター)
小林のり一(助監督)
横山あきお(マネージャー)
峰岸徹(芸能レポーター)
ジェームス三木(TV司会者)
丹波哲郎(パナポラ・ハンダ酋長)
スタッフ
監督:大林宣彦
企画:出口孝臣、大林宣彦
製作者:山本久、林瑞峰、村井邦彦、高橋幸宏、根本敏雄、大林恭子
脚本:内藤忠司、大林宣彦、ジェームス三木
プロデューサー:森岡道夫、大林恭子
音楽監督:高橋幸宏
助監督 : 内藤忠司
製作:ジョイパックフィルム、アミューズシネマシティ、アルファレコード、オフィス・インテンツィオ、日本コロムビア、ピー・エス・シー
配給:ジョイパック・フィルム
製作