株式会社三重銀行
THE MIE BANK,LTD.本店
種類株式会社
市場情報東証1部 8374
三重銀行のデータ
法人番号8190001016358
店舗数本支店75
貸出金残高1兆3,374億3百万円
預金残高1兆6,222億32百万円
特記事項:
(2016年3月31日現在)
『株式会社三重銀行 有価証券報告書 ‐ 第204期』に拠る。
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株式会社三重銀行(みえぎんこう、英称:The Mie Bank, Ltd.)は、三重県四日市市に本店を置く地方銀行。株式会社三十三フィナンシャルグループの子会社。四日市市の指定金融機関。 歴代頭取や現任頭取および役員の多くは旧住友銀行出身者である。 営業エリア内に、ローンプラザを設置し、住宅ローンの年増率が、地方銀行のなかで最も高い。 三重県内と愛知県名古屋市を中心に店舗を展開。ほか大阪市と東京都に店舗を持つ。 四日市銀行として設立された後、大正時代には地元出身で「東海の飛将軍」と称された熊沢一衛の下で業績を大きく伸ばした。しかし熊沢が社長を兼任した伊勢電気鉄道(現在の近鉄名古屋線)の名古屋延伸に伴い関西本線の木曽川、長良川・揖斐川旧鉄橋の払い下げに係わる五私鉄疑獄事件を引き起こし、頭取を辞職した。又伊勢電気鉄道等への過剰投資が原因で、1932年(昭和7年)には破綻状態に陥った。その後参宮急行電鉄(伊勢電気鉄道を吸収合併)等が整理・再建を果たし[注 1]、1939年(昭和14年)に三重銀行と改称した。
目次
1 概要
2 沿革
2.1 年表
3 情報処理システム
4 キャラクター
5 関係会社
5.1 連結子会社
6 ギャラリー
7 脚注
7.1 注
7.2 出典
8 外部リンク
概要
沿革
年表
1895年(明治28年)11月15日 株式会社四日市銀行として設立[1]。
1919年(大正8年)3月10日 山田銀行を合併。
1929年(昭和4年) 熊沢一衛頭取が五私鉄疑獄事件に連座する。
1932年(昭和7年)4月 伊勢電気鉄道への過剰投資の失敗により取り付け騒ぎを起こし、休業する。
1939年(昭和14年)12月 株式会社三重銀行に商号を変更する。
1986年(昭和61年)11月 名古屋証券取引所第二部に上場する。
1988年(昭和63年)9月 名古屋証券取引所第一部に上場する。
1996年(平成8年)12月 東京証券取引所第一部に上場する。
1998年(平成10年)7月6日 新本店において営業開始。
2014年(平成26年)3月31日 - 連結子会社である三重銀モーゲージサービス及び三重銀オフィスサポートを解散。