営口市(えいこう/インコウ-し、簡体字: ?口、.mw-parser-output .pinyin{font-family:system-ui,"Helvetica Neue","Helvetica","Arial","Arial Unicode MS",sans-serif}.mw-parser-output .jyutping{font-family:"Helvetica Neue","Helvetica","Arial","Arial Unicode MS",sans-serif}?音: Yingk?u)は、中華人民共和国遼寧省中南部にある地級市。瀋陽の南西約160kmの遼東湾沿いに位置しており、経済技術開発区が設置されている。
1858年の天津条約で条約港に指定された牛荘が土砂の堆積で使用できなくなったため、1864年に営口が条約港となり、遼東湾唯一の港として満州の大豆などの対欧州積出港となった。その後、南満州鉄道により大連が勃興したため、対日対欧州取引が衰退、営口は沿岸貿易港となった。改革開放後は経済技術開発区が作られ、外資の投資を多く集めるに至っている。 営口市は遼東半島西北部、大遼河河口左岸に位置し、西は渤海湾に面する。北は遼寧省盤錦市、東北から東は鞍山市、南は大連市に接している。 4市轄区・2県級市を管轄する。 営口市の地図 この節の出典[1][2]
地理
行政区画
市轄区:
西市区・老辺区・站前区・?魚圏区
県級市:
大石橋市・蓋州市
站前区西市区?魚圏区老辺区蓋州市大石橋市
年表
遼東省営口市
1949年10月1日 - 中華人民共和国遼東省営口市が発足。河北区
1951年9月5日 - 市内行政区域の再編により、一区から五区までの区が発足。(5区)
1954年6月19日 - 遼東省の分割により、遼寧省営口市となる。
遼寧省営口市(第1次)
1955年11月9日 - 営口県の一部が五区に編入。(5区)
1956年3月9日 - 一区・二区・三区・四区が五区に編入。(1区)
1956年7月12日 - 五区が郊区
1956年10月27日 - 遼陽専区営口県の一部が郊区に編入。(1区)
1957年5月10日 - 遼陽専区営口県の一部が郊区に編入。(1区)
1957年8月22日 - 郊区の一部が分立し、建設区・繁栄区・工農区が発足。(4区)
1958年1月25日 (4区)
建設区が站前区に改称。
繁栄区が西市区に改称。
工農区が新華区に改称。
1958年5月 - 遼陽専区営口県の一部が郊区に編入。(4区)
1958年12月20日 - 遼陽専区蓋平県・営口県・盤山県を編入。(4区3県)
1961年4月5日 - 盤山県の一部が分立し、盤錦区
1963年10月24日 - 新華区が西市区に編入。(4区3県)
1964年6月6日 - 盤錦区が盤山県に編入。(3区3県)
1965年1月20日 - 蓋平県が蓋県に改称。(3区3県)
1965年5月 - 営口県の一部が郊区に編入。(3区3県)
1965年12月16日 - 営口県・蓋県が遼南専区に編入。