唐崎
町丁
JR唐崎駅
.mw-parser-output .locmap .od{position:absolute}.mw-parser-output .locmap .id{position:absolute;line-height:0}.mw-parser-output .locmap .l0{font-size:0;position:absolute}.mw-parser-output .locmap .pv{line-height:110%;position:absolute;text-align:center}.mw-parser-output .locmap .pl{line-height:110%;position:absolute;top:-0.75em;text-align:right}.mw-parser-output .locmap .pr{line-height:110%;position:absolute;top:-0.75em;text-align:left}.mw-parser-output .locmap .pv>div{display:inline;padding:1px}.mw-parser-output .locmap .pl>div{display:inline;padding:1px;float:right}.mw-parser-output .locmap .pr>div{display:inline;padding:1px;float:left}唐崎唐崎の位置
.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯35度2分59.26秒 東経135度52分0.73秒 / 北緯35.0497944度 東経135.8668694度 / 35.0497944; 135.8668694
国 日本
都道府県 滋賀県
市町村 大津市
地区唐崎地区
町名制定[1]1979年(昭和54年)7月14日
面積[2]
? 合計0.706668598 km2
人口(2019年(平成31年)4月1日現在)[3]
? 合計4,215人
? 密度6,000人/km2
等時帯UTC+9 (日本標準時)
郵便番号520-0106[4]
市外局番077(大津MA)[5]
ナンバープレート滋賀
※座標はJR唐崎駅付近
唐崎(からさき)は、滋賀県大津市の町名[1]。現行行政地名は唐崎一丁目から唐崎四丁目。
地理、南西で蓮池町・滋賀里、西で弥生町、北西で穴太と隣接する。湖西線の東側で東の琵琶湖岸から一・二丁目、湖西線の西側で南から三・四丁目が並ぶ。
湖沼
琵琶湖
歴史唐崎の松(歌川広重)。天保5年(1834年)の刊行。
奈良時代以前から地名として見られ、滋賀郡に属し、韓崎・辛前・辛崎とも書かれた[6]。万葉集の「さざなみの志賀の辛崎幸あれど大宮人の船待ちかねつ」の歌にも詠まれ、当時から港の機能を持っていたことが窺える[6]。平安時代には七瀬祓所のひとつとして知られ、『蜻蛉日記』では都人がここへ祓に向かう様子が描かれている。この時期の和歌にもしばしば取り上げられ、『枕草子』でも「崎は唐崎、三保が崎」と名所として書き残されている[6]。平安末期頃からは日吉大社へ向かう神輿の旅所なっており、舞楽が捧げられていた[6]。またこの地の「唐崎の松」は近江八景のひとつとされ、松尾芭蕉の『野ざらし紀行』では「唐崎の松は花より朧にて」の句が残されている[6]。江戸時代以降は現在の唐崎にあたる区域の大半が滋賀郡下阪本村に属し、1889年(明治22年)の町村制施行においては下阪本村大字下阪本の一部、1951年(昭和26年)の下阪本村の大津市への合併に伴って大津市下阪本町の一部となった[7]。1979年(昭和54年)7月15日、下阪本町・坂本穴太町の各一部から新たに行政地名として唐崎一丁目から唐崎四丁目が成立した[1]。