呼吸停止
バッグバルブマスクによる用手換気を実演している医療従事者[1]
概要
診療科呼吸器学、麻酔科学、救急医学、集中治療医学
原因昏睡や呼吸不全など
合併症心停止
治療バッグバルブマスクによる用手換気
分類および外部参照情報
[ウィキデータで編集
呼吸停止(こきゅうていし、英: Respiratory arrest)とは、無呼吸(呼吸の停止)や、生命を維持できないほど重度の呼吸機能障害(死戦期呼吸など)により起こる病的状態を表す医学用語である。
概要「無呼吸」も参照
無呼吸は、長時間呼吸が止まっている状態を指すが、必ずしも直ちに医学的介入を必要とする緊急事態を意味しない。一方、呼吸停止は、生命を脅かす医学的緊急事態(英語版)であり、即座に医学的な処置と管理を必要とする。肺の呼吸ガス交換の突然の停止が5分以上続くと、重要臓器、特に脳に永久的な障害が残る可能性がある。脳への酸素供給が不足すると、意識を失う。呼吸停止が3分以上続くと脳障害が残る可能性が高く、5分以上続くとほぼ確実に重度の脳障害ないしは死亡に至る[注釈 1]。
早期に治療すれば、障害は可逆的である。呼吸停止状態の患者を救うには、適切な換気を回復させ、さらなる損傷を防ぐことが目標となる。医学的介入には、酸素の投与、気道確保、人工呼吸などが含まれる。呼吸停止が間近に迫っている場合は、呼吸努力の増加など、患者が示している兆候によって事前に判断できることもある。呼吸停止は、患者が体内貯蔵の酸素を使い果たし、呼吸努力能力を喪失したときに起こる。
呼吸停止は、呼吸不全とも区別する必要がある。前者は呼吸が完全に停止することであり、呼吸不全は身体の要求に対して十分な換気ができないことを指す。両者とも、介入しなければ、血中酸素濃度の低下(低酸素血症)、血中二酸化炭素濃度の上昇(高炭酸ガス血症(英語版))、組織への酸素供給不足(低酸素症)を引き起こし、致命的となる可能性がある。また、呼吸停止は、心筋の収縮不全である心停止とも異なるものであり、治療しない場合、一方が他方を引き起こす可能性がある[2]。「心停止」も参照 呼吸停止の一般的な症状の1つであるチアノーゼは、血液中の酸素量が不十分なために、皮膚が青く変色することをいう。呼吸停止がそのまま続くと、数分間の低酸素血症または/と高炭酸ガス血症
徴候と症状
呼吸機能障害(Respiratory compromise)(英語版)は、呼吸不全に移行する可能性の高い呼吸状態の悪化である[4]。患者ごとに症状が異なることがある。呼吸不全切迫による合併症は、医師の間で標準化されたガイドラインがない状況でオピオイドの使用が広がったことが一因となり、臨床領域全体で急速に増加している。呼吸不全切迫は、しばしば深刻で生命を脅かす可能性のある問題を引き起こすが、適切な手段とアプローチによって予防できる可能性がある。早期発見、介入、治療のためには、適切な患者モニタリングと治療戦略が必要である[5]。 診断には、以下のような臨床的評価が必要である。胸骨擦過(sternal rub)。胸骨を握りこぶしでグリグリして痛み刺激を与え、意識の有無を確認している 現場が安全であると判断した後、患者に近づき、会話を試みる。患者が言葉で応答すれば、少なくとも気道は不完全ながらも確保されており、患者は呼吸している(したがって、現在呼吸停止状態ではない)ことが確認される。患者が無反応の場合は、呼吸が機能していることを示す胸郭の上下動を確認する。胸骨擦過(写真参照)は、反応性をさらに評価するために行われることもある。初期評価では、頚動脈(英語版 呼吸停止の原因を特定するための最初のステップは、正しい頭頸部の位置で上気道を確保し、開放することである。救助者は、外耳道が胸骨と同じ平面にくるまで患者の頸部を伸ばし、高くする必要がある。顔は天井方向に向けている方が良い。下顎を持ち上げ、下顎骨を上方に押し上げることで、下顎を上方で保持する必要がある。これらのステップは、それぞれ頭部後屈、顎先挙上ないしは下顎挙上と呼ばれる[15]。頸部や脊椎の損傷が疑われる場合は、神経系にさらなる損傷が生じる可能性があるため、この操作を行ってはならない[15]。頸椎は、可能であれば、医療従事者によって頭部と頸部を用手的に、または頚椎カラーの装着によって安定化させる必要がある[16]。
原因
気道閉塞(英語版): 閉塞は上気道でも下気道でも起こりえる。
上気道:生後3ヶ月未満の乳児は鼻呼吸のため、上気道の閉塞がよくみられる。鼻が詰まると、乳幼児では上気道閉塞になりやすい。その他の年齢では、咽頭、喉頭、気管の異物や浮腫により上気道閉塞が起こることがある。意識が低下したり完全に喪失した場合、舌の筋緊張が失われ、上気道を閉塞することがある[2]。その他の閉塞の原因としては、上気道(口腔、咽頭、喉頭)の腫瘍、体液(血液、粘液、嘔吐物)、上気道の外傷などが考えられる[2]。上気道の腫瘍で最も多いのは扁平上皮癌で、その最大の危険因子はアルコールとタバコの使用であり、ヒトパピローマウイルス(遺伝子型16)も重要な危険因子である[6]。米国で救急外来を受診した頭頸部外傷の500万例以上を対象とした疫学調査によると、大半は転倒や鈍的外力によるもので、小児では異物損傷が多い[7]。
下気道:下気道閉塞は気管支痙攣、溺水、肺胞充満障害(肺炎、肺水腫、肺出血(英語版)など)から生じることがある[8]。重症の喘息や慢性閉塞性肺疾患(COPD)など、下気道の閉塞状態も呼吸停止を生じることがある。増悪"exacerbations"と呼ばれるこれらのエピソードでは、肺の炎症性変化により気道抵抗が増加する。その結果、呼吸仕事量が増え、組織への酸素供給が減少する。喘息では細気管支が収縮し、COPDでは呼気時に小気道が虚脱し、呼気を吐ききれなくなる(air trapping)[9]。このような呼吸需要の増加を補おうとする身体の働きのひとつに呼吸数の増加があるが、これは横隔膜の呼吸筋疲労を悪化させ、時宜を得た医療介入がなければ最終的に呼吸停止に至り死亡する可能性がある[9]。
呼吸努力の低下:中枢神経系の障害は、呼吸努力の低下を招来する。脳の呼吸中枢は橋と延髄にあり、主に血中の二酸化炭素濃度の上昇(高炭酸ガス血症(英語版))により強く刺激され、酸素濃度の低下(低酸素血症)により、弱い刺激を受ける[10]。つまり、「息苦しい」感覚は主として低酸素血症よりもむしろ高炭酸ガス血症による。脳卒中や脳腫瘍などの中枢神経系疾患は、低換気を引き起こす可能性がある。また、オピオイド、鎮静剤、アルコールなどの薬物も呼吸努力を低下させることがある。これらの薬物は、脳の呼吸中枢の高炭酸ガス血症に対する反応を鈍らせることにより、呼吸衝動を低下させる[11]。代謝障害も呼吸努力を低下させる可能性がある。低血糖と低血圧は中枢神経系を抑制し、呼吸器系を損なう[12]。
呼吸筋力低下:脊髄損傷、神経筋疾患(英語版)、神経筋遮断薬などによる神経筋障害は、呼吸筋力低下を引き起こす可能性がある。また、最大随意換気量の70%以上の呼吸が続くと、呼吸筋の疲労が呼吸筋力低下につながることがある。努力の限界に近い呼吸を長時間続けると、代謝性アシドーシスや低酸素血症を引き起こし、最終的に呼吸筋の衰弱につながることがある[13]。
診断
初期評価
上気道を清掃し、開存させる(気道確保)マギル鉗子