吹奏楽(すいそうがく、独: Blasmusik)は、最も広義には、管楽器を主体として演奏される音楽の総称である。一般には、ヨーロッパの軍楽隊とアメリカのスクールバンド、すなわち西洋の木管楽器・金管楽器を主体とし、弦楽器・特殊楽器・打楽器による編成で演奏される器楽を指す。軍隊や国民の士気を鼓舞するための実用音楽を背景に発達したものの、今では、コンサートホールにおける演奏会やマーチングバンドなどの活動が中心となっている。
日本では、吹奏楽団は、ブラスバンドまたはブラバンと呼ばれることがある。これは、ドイツ語(blasは「吹く」の語幹)には沿うものの、ブラスバンドはbrass band(金管バンド)という英語に由来すると考えられており、その場合は木管楽器を編成に含まないため、吹奏楽団と同義ではない。ただし、日本語としてのブランスバンドは木管楽器を含む吹奏楽団全体を指して用いられている。
概要吹奏楽編成による演奏風景(大編成)
「吹奏楽」は、字義通りには、「吹いて奏する音楽」であり、演奏に用いられる楽器の発声方法、あるいは演奏主体の編成により定義される。実態としても、軍楽隊や吹奏楽団では、吹奏楽単体の楽曲に加えて有名曲の編曲も多用されている。最も広義には、管楽器を主体として演奏される音楽の総称とすることが適当である。
狭義の吹奏楽としては、管楽器による二桁の人数を規模とする楽団で、木管楽器と金管楽器を含み、打楽器とコントラバスを加える。チェロやハープなどの弦楽器、チェレスタやピアノなどの特殊楽器を加える場合もある。ヴァイオリンやヴィオラなどは使用しない場合が多い。
多くの国では消防・警察などの公的な機関に属する楽団や軍楽隊が中心であるものの、日本とアメリカでは学校などのアマチュアも多い。アメリカのプロフェッショナルでは1800年代後半から1900年代初頭にかけてギルモアやスーザによる吹奏楽団が活躍し、今日でもダラス・ウインズやウィスコンシン・ウインド・オーケストラの活動が見られる。オランダ、ベルギー、フランスでは町や村の吹奏楽団が数多くある。イタリア、スペインにもバンダと呼ばれる吹奏楽団がある。
広義の吹奏楽としては、イギリスなどで英国式ブラスバンドが結成されている。フランスやドイツなどにも、町や村のブラスバンドが存在する。ジョヴァンニ・ガブリエーリによるファンファーレ、18世紀以前の管楽器を中心とした楽曲、ハルモニームジークなどの室内楽的な管楽器による合奏も吹奏楽の一部をなす。これらの音楽は、しばしば管楽として区別される。
声楽、管楽器独奏、ポピュラー音楽、民族音楽、東欧における式典音楽、管弦楽については、広義の吹奏楽には含まれない。これらについては、本項では詳述しない。
他言語としては、ドイツではBlasmusik(ブラスムジーク、「吹く」の語幹と「音楽」)があり、フランスではharmonie(アルモニー)が用いられる。吹奏楽団を指すものとしては、ドイツではブラスオルケスター(Blasorchester)、ブラスカペレ(Blaskapelle)、ブラスバント(Blasband)などがあり、フランスではミュジック・ダルモニー(musique d'harmonie)やファンファール(fanfare)、イタリアやスペインではバンダ(banda)が用いられ、東欧諸国ではファンファーレ(fanfare)、ファンファーラ(fanfara)、オルケスタル(orkestar)などが用いられる。
英語としては、bandのみで吹奏楽団を指すこともあったものの、第一次世界大戦前後にジャズ、第二次世界大戦前後にロックが一般化するに従って区別された。軍楽隊ではmilitary bandを用いることが多い。イギリスでは民間の吹奏楽団は独自の金管楽器による編成で発達し、brass bandの語が用いられている。brass bandは「金管楽器による楽団」の意味である。アメリカでも金管楽器が中心の編成が多く、brass band、silver bandなどがあり、territory band(領域の楽団)、service band(代用の楽団)、marching band(行進の楽団)、school band(学校の楽団)などが用いられ、concert band、symphonic band、wind band、wind orchestraも用いられている。吹奏楽を指すものとしては、wind musicを用いることが多い。なお、wind ensembleも吹奏楽を指すものであるものの、フェネルが提唱した編成を指すものとして区別される。
戦場などでの野外演奏、食事などでの室内演奏に加えて、19世紀以降はバルブが発明されており、楽器の操作性向上や価格の低廉化が進んだ。軍楽隊の活動が信号や式典などの演奏ではなく戦意高揚や慰安などの演奏に移行したこと、多くの聴衆を集めるようになったこと、アマチュアの演奏団体が管楽器を中心とした編成で結成されたことなどにより階級を超えて広まった。こうした状況は同時に、行進曲のほか、オペラの抜粋や軽音楽などにおける楽曲の編曲による演奏を一般化した。吹奏楽編成のために用いられる作品は「オリジナル作品」、編曲作品は「アレンジ作品」と呼ばれて区別される。また、東欧諸国ではオスマン帝国占領下で軍楽隊が組織され、西欧諸国では植民地でも軍楽隊が設置されたため、実用的な文明の産物から現地における文化への変容を遂げた事例も多い。
吹奏楽単体の楽曲に加えて有名曲の編曲も多用されており、吹奏楽が包摂する内容は極めて多様となっている。さらに、アマチュアにより占められ、楽団の運営や演奏など教育的な側面が強調される傾向もあって、吹奏楽の包括的な記述は困難であり、研究は十分に進んでいないのが現状である。
歴史詳細は「吹奏楽の歴史」を参照
古代エジプト時代にはラッパと太鼓を主に、行進を伴奏する情景が当時の壁画に残されている[1]。古代ローマ時代には楽団の編成が、中世には楽器の種類・数量が増した。オスマン帝国の侵攻に伴うトルコ軍楽隊メフテルとの接触はヨーロッパにおける吹奏楽の拡張に貢献した[2][3]。より多くのクラリネット、ピッコロが次第に加えられ、金管楽器が発達し、打楽器の素晴らしさ、そして劇的な効果が、大太鼓、シンバル、トライアングルなどの鼓笛隊における拡張を促した。17世紀にはドイツ、フランスなどで盛んとなり、芸術音楽にも多大な影響を与えた。行進曲として演奏されるレパートリーが出現する時代もこの頃からである。さらに、1789年フランス革命が起きると、吹奏楽の形態は大編成のものへと変わってゆく。革命を機に失業した宮廷音楽家らがフランス防衛軍に編成され、士気高揚の一翼を担った。1810年代には使用する楽器が国により異なってくるものの、既に現在とほぼ変わらない規模に達していた。ヘンデル、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンの影響も大きい。