この項目では、精神的な作用を持つ薬物全般について説明しています。医療用途の薬品については「精神科の薬」を、主として統合失調症の治療薬については「抗精神病薬」をご覧ください。
向精神薬(こうせいしんやく、英: Psychoactive drug, Psychotropic[1])とは、中枢神経系に作用し、生物の精神活動に何らかの影響を与える薬物の総称である。
主として精神医学や精神薬理学の分野で、脳に対する作用の研究が行われている薬物であり、また精神科で用いられる精神科の薬[2]、また薬物乱用と使用による害に懸念のあるタバコやアルコール、また法律上の定義である麻薬のような娯楽的な薬物
(英語版)が含まれる[3]。精神刺激薬(Stimulant)は、中枢神経系を活性化させる薬物の総称で、コカイン、ニコチン、カフェイン、アンフェタミンやメタンフェタミンやMDMA[4]、メチルフェニデート[5]が含まれる。心拍や呼吸を増加する[4]。慢性的な使用により統合失調症様の精神刺激薬精神病を呈する。
抑制剤(Depressant)は、その反対に中枢神経系を抑制する作用を持つ。アルコール、有機溶剤、ベンゾジアゼピン系薬、ヘロインやアヘンやモルヒネといったオピオイド系の薬物や大麻が含まれる[4]。抗不安作用や鎮痛作用がある。過量服薬すると呼吸中枢を抑制して死亡するものも多い。
幻覚剤(Hallucinogen)は、幻覚作用を持つ薬物で、典型的にはLSDのような薬物である。しかしながら、大麻やMDMAは幻覚特性を持つためここにも分類される[4]。これらの薬物では不快な離脱症状を避けるための使用が認められず、そうしたことを理由に医療を求めるのはまれである[6]。 狭義の「日本の法律上の向精神薬」は、麻薬及び向精神薬取締法で個別に指定された薬物を指す。薬物乱用の懸念があるメチルフェニデートのようなや精神刺激薬、ベンゾジアゼピン系やバルビツール酸系の抗不安薬・睡眠薬・麻酔薬・抗てんかん薬の一部が、日本の同法における第一種向精神薬から第三種向精神薬に指定されている。これは国際条約である向精神薬に関する条約の付表IIからIVに相当する。 この条約で指定された薬物は、1条(e)の規定によりすべて「国際条約上の向精神薬」であり、付表IからIVまでの分類が存在する。批准各国は薬物を管理するための同様の法律を有するものの、条約において付表Iに分類されているLSDなどを、日本の法律上は麻薬に分類している点が、国際法と日本法で異なる。そして、第32条4項が、含有する植物の自生国における伝統的な宗教儀式への使用は規制から除外する。 古来から、精神に何らかの作用を及ぼす植物が用いられてきた。 19世紀フランスの精神科医ジャック-ジョセフ・モロー・ド・トゥールの『ハシーシュと精神病』(1845年)は向精神薬を科学的に扱った最初の研究とされる[7]。 20世紀初頭には、そのころ登場したバルビツール酸やモルヒネといった薬物が用いられた。1943年にLSDが合成され医薬品として販売されるに至ると、この薬物による研究も盛んになった。 ジョン・ケイドによるリチウムの抗躁作用の発見あるいはクロルプロマジンの合成と治療効果の発見をもって、近代における精神薬理学の幕開けとされる。
法律上の定義
歴史
1950年代半ばまで
近代の精神薬理学の幕開け
1957年には、ベルギーの薬理学者パウル・ヤンセン
(英語版) (Paul Janssen) がクロルプロマジンより優れているとされる抗精神病薬ハロペリドールを開発する。1957年に、スイスの精神科医ローラント・クーンによってイミプラミンが、精神賦活作用を有することが見いだされ、うつ病の薬物療法への道が開かれた[8]。1960年ごろまでに、初のベンゾジアゼピン系の抗不安薬であるクロルジアゼポキシドと、その類似の化学構造を持つジアゼパムが販売されるようになる。 1971年には、国際条約である向精神薬に関する条約が、LSDや、覚醒剤やバルビツール酸系/ベンゾジアゼピン系といった乱用の危険性のある向精神薬について公布される。 1984年には、新しい世代の抗精神病薬である非定型抗精神病薬のリスペリドンが開発される。また、抗うつ薬でも、新世代のSSRI抗うつ薬が販売される。このころまでには、ベンゾジアゼピン系の薬物の依存症や副作用が問題となり、1996年にも、世界保健機関も30日までをめどに処方すべきとする報告を行った[9]。非ベンゾジアゼピン系の薬剤が販売されるに至る。 また1980年代より、既存の薬物の化学構造を修正したデザイナードラッグが合成されるようになり、その流通が問題視されるようになる。 2007年には、日本において、リタリンの不適切処方問題が表面化。うつ病がリタリンの適応症から外される。翌年に流通規制制度を設ける。 2005年にたばこの規制に関する世界保健機関枠組条約が発効し、2010年にはアルコールの有害な使用を低減するための世界戦略が採択された。世界保健機関・元事務局長のグロ・ハーレム・ブルントラントは「たばこは最大の殺人者である」と述べ[13]、年間600万人の死亡につながり最大の予防できる死因とされてきたし[11]、同様にアルコールも年間250万人の死亡につながっている[14]。 アメリカ合衆国では、各製薬会社による精神科治療薬を含めた適応外使用を勧める違法なマーケティングは、数億ドル以上の史上最高額の罰金を更新し続けている[15][16]。新世代の精神科の治療薬は、基本的にお互いを模倣した薬剤が多くあり、メディアにおいて「模倣薬」(me too drug
国際条約と薬物の管理
新世代の精神科治療薬とデザイナードラッグの台頭
製薬開発の停滞と規制管理の失敗フィリピンにおけるたばこ製品の包装。たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約の第11条は、誤った印象を与える用語を用いないために「ライト」といった用語の取り扱いを含めることができ、その包装において大きく明瞭で判読可能な警告を付し、面積の50%以上を占めるべきで30%を下回ることなく、また写真や絵を使うことができるとしている[10]。フランスでも写真を用いた同様の包装である[11]。日本は禁煙政策において最低水準であり、財務省が日本たばこ産業の株式の1/3を保有したばこ族議員が規制に異を唱えている[12]。
日本では、2010年に厚労相が「うつ病などに対する薬漬け医療」について、自殺・うつ病対策プロジェクトチームにて大量処方、過量服薬の防止について検討していることに言及した[23]。
過剰摂取による死亡は、英米で交通死亡者数を上回り、国際的な懸念となっている[24][25]。アメリカでは、2010年には38,329人の薬物過剰摂取による死亡があり、その過半数は一般医薬品や違法薬物ではなく処方箋医薬品であり、全体の74.3%が意図しない死亡である[26]。
2011年6月、薬物政策国際委員会は、薬物戦争に関する批判的な報告書を公表し、「世界規模の薬物との戦争は、世界中の人々と社会に対して悲惨な結果をもたらし失敗に終わった。国連麻薬に関する単一条約が始動し、数年後にはニクソン大統領がアメリカ合衆国連邦政府による薬物との戦争を開始したが、50年が経ち、国家および国際的な薬物規制政策における抜本的な改革が早急に必要である」と宣言した[27]。このコフィー・アナン国連前事務局長ら参加する委員会は、各国に大麻の合法化や、薬物依存症者に対しては罰するより効果的である医療の提供などこれまでの薬物政策の見直しを求めた[28]。
2013年の薬物乱用防止デーにおいて国連は、司法だけでなく人権や公衆衛生、また科学に基づいた予防と治療の手段が必要であり、2014年にも高度な見直しを開始することに言及しており、加盟国にもあらゆる方法を考慮した、幅広い開かれた議論を行うことを強く推奨している[29]。
デザイナードラッグと呼ばれる新規向精神薬が問題になっているが、売買したり使用する人々を投獄するための証拠を欠いており、堅牢な証拠もなく規制しそして処罰を課すことによって、何が脅威であるかの説明を欠いたままの処罰となってしまう[30]。イギリスではたった1件しか報告されていない死亡例をメディアで大々的に報道し、薬理学的に確かな知識もなく規制したことにより、使用者はさらに危険性の高い薬物の使用に舞い戻った[30]。化学構造の類似性に基づいて規制することは不可能であり、合成THCのような新しい治療薬の開発を妨げる[30]。
精神科の薬は、高額な治験第III相試験は失敗が多くなり製薬産業はハイリスクだとみなすようになり、2009年には267だった中枢神経系領域での試験数は2014年には129であり、その多くは神経学の領域であり精神医学ではない[31]。