自動車エンジニア・本田技研工業社長の「吉野浩行」、プログラムオフィサー・歌人の「吉野裕之」、アニメ脚本家の「吉野弘幸 (脚本家)」、あるいはボクシング選手の「吉野弘幸 (ボクサー)」とは別人です。
よしの ひろゆき
吉野 裕行
プロフィール
本名吉野 裕行[1]
愛称よっちん[2]
性別男性
出身地 日本・千葉県[3][4]
生年月日 (1974-02-06) 1974年2月6日(50歳)
血液型B型[3][5]
職業声優、歌手、ナレーター[6]
事務所ninelive.
吉野 裕行(よしの ひろゆき、1974年2月6日[4] - )は、日本の男性声優、歌手、ナレーター[6][8]。千葉県出身[3][4][8]。株式会社ninelive.所属。 子供の頃は、積極的に何かをしているタイプではなく、誰に対して人当たりがいいように、あまり波風を立てないように過ごしていたと語る[9]。 幼いころから、自分の声を変わった声だと思っていたこともあって、保育園に通っていたころから、声優の存在を意識していた[10]。その頃憧れていた職業は警察官、医者であり、誰かを助けてあげられるような正義の味方になりたかったという[11]。アニメやゲームにかかわる仕事がしたかったが、理数系が苦手だったため、受験するに値しないくらい成績が悪いこと、仲のよかった友人が「受ける」と言っていたことから「じゃあ、俺もそこ受ける」という感じで選んだ志望校まで面接を受けに行っていた[9][10]。高校卒業時も、「親の手前、大学受験をしない」と悪いなと思い、受けたが、不合格となり、声優にしようと軽い気持ちで代々木アニメーション学院声優科に入学[9][10][12]。高校進学前は進路も決められなかったようだったが、専門校に入学してからは「変わったな」と思っていたという[9]。当時の友人が過激な人物が多く素行が悪るかったが「自分は声優になれる」という自信だけはある友人がおり、反面教師のような部分もありつつ「自信をもつというのは大事なことだ」と一緒にいて感じ、「気持ちで負けていたらダメだな」ということがわかり、ガラッと変わったという[9]。プロダクションの所属オーディションを受けるも落選して「もう声優を目指すのはやめよう」と反発し、卒業後は、ゲーム会社の下請けで2年間デバッグのアルバイトをしていたが、再度声優を志し、養成所に入所[9][10]。The・声優塾2期として卒業[13]。 事務所のオーディションを受け、シグマ・セブンに所属する[9]。 学生のころ、親や先生が言っていることが正しいと信じて自分で何も決めることができなかったが、声優になりたいと初めて自分で選んだ学校での友達との出会いが自分を大きく変えてくれた、とよくラジオなどで発言している。声優になることは両親に猛反対されたが、自分の意思を貫いた(吉野いわく、ちょっと遅めの反抗期[14])。 2002年11月、声優ユニット「謎の新ユニットSTA☆MEN」を結成[15]。元々は鈴村健一が「彼なら承諾するはず」とメンバーに加えたところ、吉野本人もそれを承諾して正式に加入となった。 2013年8月28日にKiramuneレーベルよりCDデビュー[16]。
略歴