台町
町丁
台町(2009年)
.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯35度28分13秒 東経139度37分19秒 / 北緯35.470292度 東経139.622067度 / 35.470292; 139.622067
国 日本
都道府県 神奈川
市町村 横浜市
行政区神奈川区
人口情報(2023年(令和5年)4月30日現在[1])
人口2,356 人
世帯数1,428 世帯
面積([2])
0.079 km²
人口密度29822.78 人/km²
設置日1932年(昭和7年)1月1日
郵便番号221-0834[3]
市外局番045(横浜MA)[4]
ナンバープレート横浜
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かつての台町、広重『東海道五十三次』神奈川・台之景
台町(だいまち)は、横浜市神奈川区の町名。字・丁目を持たない単独町名である。住居表示未実施[5]。 神奈川区南部、横浜駅北方の丘の中腹にあり、旧東海道に沿って東西に細長い地域。中央が峠状に高くなっている。北側の高台は高島台、南側の低地は 鶴屋町、西側は沢渡、西区楠町と南軽井沢、東側は金港町に接する。 江戸時代には南側の崖下(現在の鶴屋町)が海で眺めが良く、神奈川宿の西部にも当たるため茶屋が多く立ち並び、東海道でも有名な景勝地だった。『東海道中膝栗毛』にも登場し、歌川広重の『東海道五十三次』神奈川台之景の図が特に有名。 明治に入ると鉄道建設をきっかけに周辺の埋め立てが進み、南側の鶴屋町も大正年間に埋め立てが完了した。横浜の開発に尽力した高島嘉右衛門は北側の大綱山に屋敷を構え、これにちなんでここは高島台と呼ばれるようになった。 現在はマンションが多く、下の鶴屋町にもビルが密集し、景勝地の面影はない。 2023年(令和5年)4月30日現在(横浜市発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]。 町丁世帯数人口 国勢調査による人口の推移。 人口推移年人口
地理
歴史料亭田中家
沿革
1932年(昭和7年)1月1日 - 青木町字台町、上台町、下台町、七軒町、東軽井沢の各一部を分離し、台町を新設[6]。横浜市神奈川区台町となる。
1970年(昭和45年)8月1日 - 浅間地区の土地区画整理事業に伴い[7]、台町の一部を西区楠町へ編入[8]。
1974年(昭和49年)2月6日 - 台町地区の土地区画整理事業に伴い[7]、泉町の一部を編入。鶴屋町、高島台、沢渡との境界を変更[9]。
世帯数と人口
台町1,428世帯2,356人
人口の変遷
1995年(平成7年)[10]1,119
2000年(平成12年)[11]1,487
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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