古郷 秀一(ふるごう しゅういち[1][2][3]、1952年(昭和27年)[1][2][4][5] - )は、日本の栃木県益子町出身の彫刻家である[1][2]。 1952年(昭和27年)、 栃木県芳賀郡益子町に生まれる[1][2][4][5]。 栃木県立真岡高等学校を卒業後[1]、1978年(昭和53年)、東京芸術大学彫刻科を卒業[1][2][5]し、同大大学院に進み[4]、1980年(昭和55年)に大学院を修了[5]した後から、日本国際美術館賞受賞、ヘンリー・ムーア大賞展佳作賞受賞など、数多くの展覧会に出品。 1983年(昭和58年)、東京芸術大学大学院博士課程を修了する[1][2][4][5]後も数多くの展覧会に出品し、東京都や神奈川県などで個展を多数開催した[2]。 1985年(昭和60年)に横浜から山林に囲まれた故郷の益子に戻りアトリエを建て、活動の場とする[1]。 1988年(昭和63年)の9月からは文化庁派遣芸術家在外研修員としてニューヨークに在住し研究に勤しんだ[1][2]。 了徳寺大学非常勤講師を務め、授業の一つである「芸術表現T(造形の感性と創造)」の講師の一人を務めた。 数多くの展覧会に出品し、グループ展や個展などを多数開催した[4]。 作品は東京国立近代美術館[3]、東京都現代美術館[6][7]、原美術館、栃木県立美術館[8][9][10]、美ヶ原高原美術館、ノートン美術館
経歴
作品
空間の中にある彫刻の在り方を探るように製作に取り組み[1]、初期作品は鉄を用いた作品群を製作。重々しいはずの鉄が、扱い方により軽快なものに変化していく。そして「錆びる」という自然現象でさえ、朽ち果てていく様を人間的であると捉え、錆びた鉄の赤い色を大地のように感じ、鉄を温もりのあるものであると感じて扱っていた[1]。