古東スラヴ語
роусьскъ, rus?sk?
話される国東ヨーロッパ
消滅時期15世紀ごろ
その後東スラヴ語群の各言語に発展
言語系統インド・ヨーロッパ語族
バルト・スラヴ語派
スラヴ語派
東スラヴ語群
古東スラヴ語
言語コード
ISO 639-2sla
古東スラヴ語[1](こひがしスラヴご、英語: Old East Slavic, OES、古代ロシア語、古ルーシ語[2]などとも)は、6世紀から15世紀にかけて、キエフ・ルーシとその後継諸国の東スラヴ人によって使用された言語。
かつて現在の東ヨーロッパのウクライナ、ベラルーシ、ロシアやポーランドの県の一部で話されており、今日のウクライナ語、ベラルーシ語、ロシア語などに発展した[3]とされる(否定説もある[4])。古いロシア文学のモニュメントのほとんどは、古東スラヴ語で書かれている。 この言語は、すべての東スラヴ人にとって各々の国の歴史の一部であることから、以下のように称されることもある[# 1]。 なお、それぞれの訳語の「古」については、「古期」「古代」とも訳すこともある。 古東スラヴ語は、スラヴ祖語から発展しその特徴を多く引き継いでいる。この言語の進化において特筆すべき現象は、いわゆる充音
呼称
古ウクライナ語(英語: Old Ukrainian Language, OU、ウクライナ語: давньоукра?нська мова)
古キエフ語(英語: Old Kyivan Language, OK、ウクライナ語: давньоки?вська мова)
古ベラルーシ語(英語: Old Belarusian Language, OB、ベラルーシ語: старажытнабеларуская мова)
古ルーシ語(英語: Old Rus’ian language, Old Ruthenian language, OR、ベラルーシ語: старажытнаруская мова、ウクライナ語: давньоруська мова)[5]
古ロシア語、古期ロシア語[6]、(英語: Old Russian, OR、ロシア語: древнерусский)
概説
現存する文書記録がわずかであることから、言語としてどの程度まで統一されていたのかを判断するのは難しいが、キエフ・ルーシを構成していた部族・氏族の数を考慮した場合、古東スラヴ語にはおそらく多数の方言が存在していたものと考えられる。そのため、今日の説は現存している記録だけを元にした断定的な意見の可能性があり、又こうした記録は、解釈の仕方は複数あるものの、歴史的記録が始まった時点で既に地域的な分化を示している。
時がたつにつれて、分化はさらに進み、現代のウクライナ語、ベラルーシ語、ルシン語、ロシア語などの祖先となっていったという説が最もよく知られている。ただし、これらの言語の分岐時期については諸説あり、スラヴ基語から直接的に分岐し6世紀には別言語になっていたというシェヴェリョフ(英語版)の説、キエフ・ルーシの成立した9世紀には分岐していたというストルミンスキーの説などがある[4]。