古代ギリシア語の文法
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古代ギリシア語の文法(英語: ancient Greek grammar)は、形態論的に非常に複雑であり、名詞・形容詞・代名詞・冠詞・数詞・動詞の高度な語形変化を特徴としている。これはインド・ヨーロッパ祖語の形態論から受け継がれた特徴である。

古代ギリシア語には多くの方言(古代ギリシア語の方言(英語版))があり、文法の細部に相違がある。古典作品にもそれが反映されている。例えば、ヘロドトスの歴史書やヒポクラテスの医学書はイオニア方言サッフォーの詩歌はアイオリス方言(英語版)、ピンダロスの頌歌はドーリス方言(英語版)で書かれている。ホメロス叙事詩はイオニア方言を中心に複数の方言の混合体(ホメロス言語(英語版))で書かれており、時代的に古く、詩的な形態論的特徴を見せている。ヘレニズム期のコイネー(新約聖書にも使われた古代ギリシア世界の共通語)の文法は、古典期までのギリシア語文法とは若干の相違がある。

この項目では、古典期アテナイで使われたアッティカ方言の形態論と統語論を中心に取り上げる。主な人物としては、歴史家のトゥキディデス、喜劇作家のアリストファネス、哲学者のプラトンクセノフォン、弁論家のリュシアスデモステネスなどがいる。
正書法
アルファベット詳細は「ギリシア文字」を参照

古代ギリシア語のアルファベットには24の文字がある。これはフェニキア文字に由来している。以下は上段が大文字、中段が小文字、下段がラテン文字の転記を表している。

ΑΒΓΔΕΖΗΘΙΚΛΜΝΞΟΠΡΣΤΥΦΧΨΩ
αβγδεζηθικλμνξοπρσ(?)τυφχψω
abgdez?thiklmnxoprstuphkhps?

古典期の碑銘からは、当時のギリシア語が大文字のみで、単語間のスペース無しで書かれていたことが分かっている。小文字は古典期の後に徐々に整備されていった。

コロン(?・ )はドットのような記号で表し、疑問符( ;?)はセミコロンのような記号で表す。

古代ギリシア語特有の記号に「下書きのイオタ」(iota subscript)がある。これは、長母音に母音の /i/ が付く場合、?, ?, ?(?i, ?i, ?i、/a?i? ??i? ??i?/)のように、イオタ(ι)を長母音の下に付けるものである。例:τ?χ?(tukh?i「偶然に」、"by chance")。ただし、大文字書きの文では、イオタは横に並べて併記される(「横書きのイオタ」<iota adscript>)。例:?ιδη?(Haid?s「ハデス」、"Hades")。

英語と違い、古代ギリシア語では文頭は小文字で始める(例外は直接話法の開始を表すときなど)。固有名詞の語頭は大文字で書き、語頭の母音に有気記号が付くときは、その母音を大文字で書く。例:?ρμ??(Hermes 「ヘルメス」、"Hermes")。

連結子音 ng [?](音素 /ng/, /nk/, /nk?/)の /n/ はガンマ (γ) で表し、γγ, γκ, γχ (ng, nk, nkh) のようになる。例:?γγελο?(angelos「伝令」、"messenger")、?ν?γκη(anank?「必要性」、"necessity")、τυγχ?νει(tunkhanei「たまたま?になる」、"it happens (to be)")。

Σ (S)(シグマ)の小文字は、語末では ? (s)、その他では σ (s)と書く。例:σοφ??(sophos 「賢明な」、"wise")、?σμ?ν(esmen「私たちは?である」、"we are", be動詞)。
符号

発音の区別を表す符号には気息記号アクセント記号がある。
気息記号

気息記号には有気記号と無気記号の二種類がある。

有気記号( ? ; rough breathing):語頭の母音の上に付けて /h/ の子音を表す。υ と ρ (r)が語頭に来るときは必ず付ける。ギリシア語で δασ? πνε?μα <dasu pneuma>, δασε?α <daseia>、ラテン語で spiritus asperと呼ぶ。

無気記号( ? ; smooth breathing):/h/ の子音が無いことを表す。語頭に来る全ての母音に付くことができる。例:?γ?(eg?「私」、"I")。ギリシア語で ψ?λ?ν πνε?μα <psilon pneuma>, ψ?λ? <psil?>、ラテン語で sp?ritus l?nisと呼ぶ。

語頭が二重母音の場合は、2番目の母音の上に付ける。例:ε?ρ?σκω(heurisk?、「私は見つける」、"I find")。

無気記号に似ている記号にコロニス ( ' , coronis)(en)がある[1]。これは、2つの単語で、語末と次の単語の語頭の間で母音の縮合(母音融合の一種、crasis)(en)が起きるときに、その縮合部(省略部)にコロニス(')を付けるものである。例:κ??γ?(k?g?、κα? ?γ? <kai eg?>の縮合形、「私も」、"I too")。
アクセント

アクセント記号が作られたのは紀元前3世紀頃と見られているが、広く使われるようになったのは紀元後2世紀からである。

鋭アクセント(´ ; acute accent、ギリシア語で ?ξε?α <oxeia>)は、単語の最後の3つの音節(最後から順に ultima, penult, antepenult)の全てに現れ、長母音と短母音のいずれにも付く。ただし、最終音節 (ultima) が長母音のときは、鋭アクセントは最終音節と最後から2番目の音節 (penult) にのみ付けることができる。例えば、?νθρωπο?(anthr?pos 「人間」、"man")は属格で ?νθρ?που(anthr?pou「人間の」、"of a man")となる(?ν- <an-> には鋭アクセントを付けられない)。古典期のギリシア語は高低アクセントの言語で、アクセントのある音節は他の音節より高く発音されていたが[2]、紀元後2世紀頃までに強弱アクセント(ストレス)に変わったと考えられている[3]

重アクセント(`?; grave accent、ギリシア語で βαρε?α <bareia, bare>)は長母音と短母音のいずれにも付き、単語の後になお文要素が続く(=その単語で文が終わらない)場合に、最終音節 (ultima) の鋭アクセントが重アクセントに変わる。例えば、καλ??(kalos 「美しい」、"beautiful")では、καλ?? κα? ?γαθ??(kalos kai agathos 「美しく、良い」、"beautiful and good")の文では、最終音節の鋭アクセント (?) が重アクセント (?) に変わって καλ?? (kalos) となる。ただし、直後に句読点が来るときは、鋭アクセントのままとなる。例えば、α?τ? ε?π?, ? Ν?κ??(autoi eipe, o N?ki? 「彼に伝えてくれ、ニキアス!」、"tell him, Nicias")となる(ε?π? が鋭アクセントのまま)。また、μοι(moi 「私に」、"to me")のような前接辞(en)の前でも鋭アクセントのままとなる。例えば、ε?π? μοι, ? Σ?κρατε?(eipe moi, o S?krates 「私に言ってくれ、ソクラテス!」、"tell me, Socrates")となる(ε?π? が鋭アクセントのまま)。重アクセントが当時、どう発音されたかは議論が分かれているが、高低アクセントの高ではないことを表している、とする見方が有力である[4][5]。ただし、ギリシア音楽の事例からは、状況によって高アクセントで発音される場合もあったことが分かっている。例えば、重アクセントの付いた代名詞、κ?μ?(kame 「私も」、"me too)を強調しようとするケースである[6]

曲アクセント( ? 、または ? ; circumflex、ギリシア語で περισπωμ?νη <perisp?men?>)は長母音にのみ付く。次のケースで現れる。

最後から2番目の音節 (penult) がアクセント付きの長母音で、最終音節が短母音のとき、penult が曲アクセントになる。例:δ?μο?(demos 「人民」、"people")。

アクセント付きの母音とアクセント無しの母音が融合するとき、融合した母音に曲アクセントが付く。例えば、φιλ?ει <phileei>が母音融合で φιλε? <philei>に変わる(「彼・彼女は愛する」、"he/she loves")。

第1格変化の全ての名詞と、τε?χο? (teikhos) タイプの第3格変化の全ての名詞で、その複数属格に曲アクセントを用いる。例:ναυτ?ν(nauton 「船乗りたちの」、"of sailors")、τειχ?ν(teikhon 「壁(複数)の」、"of walls")。

定冠詞の属格・与格、及び、全ての名詞・形容詞の属格・与格で、最終音節にアクセントがあれば、それが曲アクセントになる。例えば、主格の φων?(ph?n? 「音」、"a sound")が属格で φων?? (ph?nes)、与格で φων? (ph?nei) となる。
曲アクセントは母音の前半が高く、後半が低く発音されることを示すアクセントであり、ギリシア音楽の楽譜(断片)では2音符(最初が高く、次が低い音)で表されることが多い[7]
文法
名詞詳細は「古代ギリシア語の格変化」を参照

名詞固有名詞を含む)には男性名詞・女性名詞・中性名詞の区分があり、全ての名詞がこのどれかに分類される。名詞の定冠詞(?, ?, τ? <ho, h?, to>、"the")か、修飾語の形容詞で示される。

? θε??(ho theos)「その神」(男性名詞、"the god")
? γυν?(h? gun?)「その女」(女性名詞、"the woman")
τ? δ?ρον(to doron)「その贈り物」(中性名詞、"the gift")

通常、男性(男の人、男子)を表す単語は男性名詞、女性(女の人、女子)を表す単語は女性名詞となるが、例外もあり、「子供」を表す τ? τ?κνον(to teknon 「その子供」、"the child)は中性名詞である[8]。非生物は全ての性をとりうる。例えば、男性名詞:? ποταμ??(ho potamos、「その川」、"the river")、女性名詞:? π?λι?(h? polis 「その町」、"the city")、中性名詞:τ? δ?νδρον(to dendron 「その木」、"the tree")。

中性名詞(や代名詞)の複数形が主語の場合に、動詞が単数形となる点は、英語などとの相違点として注意を要する[9]。例えば、

τα?τα π?ντ’ ?στ?ν καλ?.[10]


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