古代の音楽
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中国の賈湖遺跡から見つかった新石器時代の笛(河南省鄭州市にある河南博物院所蔵)

古代の音楽(こだいのおんがく、: Ancient music)とは初期音楽の時代の始まりとされている5世紀以前の音楽をさす。さらに古代音楽は先史時代の音楽(Prehistoric music)と分けて考えられることもある。

古代の音楽といっても、その言葉で意味される音楽は種類も地域もさまざまである(メソポタミア、エジプト、ペルシア、インド、中国、日本、ギリシア、ローマなど)。古代音楽は、単純な音程音階という特徴を持ち、口承または文字によって伝えられた。
音楽のはじまり

音楽の起源は有史以前にさかのぼり、それがどのようなものだったかその実相は定かではないが、人文史を伝える中国神話には、歌、笛、弦楽器の起こりが記されている。
世界最古の笛

もっとも古い笛と考えられているものは、1995年、スロベニア芸術科学アカデミースロベニア人古生物学者イヴァン・テュルクによってスロベニアのDivje Babe1号窟で発見されたもので「ネアンデルタール人の笛」[1]として議論されている。これは4万3000年前の中期旧石器時代までさかのぼると考えられている。これは中空になった子供のアナグマ大腿骨であり、いくつかの穴があいていた。これは楽器なのかそれとも肉食動物が噛んでできた単なる骨なのか現在も議論が続いている。

確実に最古の笛と考えられているものはドイツ、ウルム近郊の洞窟から出てきた骨の笛で約3万6000年前のものであり、現生人類が使用したと考えられている[2]

また最古の木製の笛はアイルランドダブリンの南約27キロ地点にあるGreystonesで2004年に発見された[3]イチイの木でできた30センチから50センチの笛であり、6本まとまって出土した。笛は先のほうが細くなっており、指で押さえるための穴はなかった。これらの笛はひもでひとつになっていた可能性もある。

中国河南省では1986年、裴李崗文化の代表的遺跡である賈湖遺跡からいくつかの「骨笛」が出土した。紀元前6000年頃のものと考えられている。それらは5つから8つの穴があり、タンチョウの骨からつくられていた。発見されたとき、そのうちの一つはまだ演奏できる状態だった。

文献資料としては、人類を創造したとされる女?の発明者であると記した古典籍が多数遺る。『礼記』‐前漢、『風俗通義』‐後漢応劭、『宋書』‐南朝梁沈約、『魏書』‐北斉魏収、『旧唐書』‐後晋劉?等、『隋書』‐魏徴等、『芸文類聚』‐唐・欧陽詢、『楽府雑録』‐唐・段安節、『通典』‐唐・杜佑、他[4]
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19世紀、キクラデス諸島のひとつケロス島の初期キクラデス文明(前29世紀-前20世紀)の洞窟から二人の大理石製の石像が発見された。その一人は立った姿でダブルフルートを演奏し、もう一人は座って三角形のリラもしくはハープを演奏していた。ハープ奏者は約23センチの高さで前27世紀から前25世紀にかけてのものと考えられている。彫像の奏者は演奏に一心で、見上げるように頭を傾けているようすが描かれている。
世界最古の歌

世界最古の歌として知られているものは1950年代のはじめ現在のシリアウガリットから出土した約3400年前の粘土板にフルリ語で書かれていたものである ⇒[1] 。粘土板が欠けているため、確実なことはわからない。そのため書かれた文字の解釈は分かれているが、その歌は全音階であったと言われている。ある解釈ではこの歌は2つのメロディーから成り立っているとし、別の解釈によれば(モノフォニックの)メロディーパートとリズムのパートから成り立っているという。

文献資料としては、『呂氏春秋』-古楽篇に葛天氏による歌舞の発明が記され、『史記』‐司馬相如列伝には葛天氏の合唱がどんなものであったのか記されている。葛天氏の氏族の歌は千人で合唱して万人を和し、山を震動させて川を沸き立たせた[5]と記されていることから、人の声音を重ねることで自然界を制御したらしいことが窺える。
古代ペルシアの音楽

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イランのスーサではエラム時代の遺跡から (紀元前3500年-644年)、音楽の存在を示す像が出土している。この時代の音楽について詳しいことはわかっていないが、ギターリュートフルートなどに似た構造の複数の楽器が使われていた。またバーバトと呼ばれるマンドリンに似た楽器が紀元前8世紀ごろ考案された。ヘロドトスが記すところによればアケメネス朝時代のペルシアで音楽は特に宮殿において重要な役割を持ち、ミスラ神への礼拝などの宗教的祭事の時に非常に重要視された。
メソポタミアの音楽

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カリフォルニア大学バークレー校のAnne Draffkorn Kilmerがイラクニップルから出土した紀元前20世紀頃の粘土板を解読した結果、音楽の演奏法が断片的にしめされていることがわかった(Kilmer 1986) 。その音楽は全音階を用い、三度のハーモニーで構成されていた。その粘土板の記譜法は紀元前1250年頃に作られたものとはまた別のものであった。記譜法については議論があるものの、リラのチューニングについての指示があり、それは別の粘土板でも言及されているものである(West 1994)。これらの粘土板は断片的だが記録に残る最古のメロディーである。

またナブニトゥ(Nabnitu "創造物"の意)と呼ばれる複数の粘土板からなる古バビロニア期(前18世紀ごろ)のシュメール語アッカド語でかかれた百科事典のようなものがウルから出土している。この百科事典には記譜法について記したものが含まれていた。粘土板の解読は難しいが、分析した結果、楽器は特定できないが、9本の弦とその音程についての記述があった。これら9本の弦は対称的になるように"123454321"と番号が振られていた。


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