口髭(くちひげ、英語: moustache)は、ひげ(人間の顔に生える毛)のうち、上唇の直上に生えるものを指し、「ひげ」と訓読する漢字を使い分ける場合には「髭」をあてる。特に、この部分のひげだけを伸ばし、顎や頬などのひげを剃っている場合(「髭のパターン」の2)に、このように呼ばれることが多い。たとえば顔面の髭をすべて伸ばした、いわゆる「フル・ビアード(full beard)」の人物(「髭のパターン」の8)などは、口髭の人物とはしないのが普通である。 英語では口髭のことを「ムスタッシュ (moustache
英語「moustache」について
英語の moustache は、16世紀のフランス語の moustache、さらには14世紀のイタリア語の mostaccio、あるいは16世紀のイタリア語方言に見られた mustaccioに由来するが、さらに遡れば、8世紀の中世ラテン語のmustacium、9世紀の中世ギリシア語の moustakion、そしてコイネー(ヘレニズム時代の共通ギリシア語)の mustax に至る。この mustax は、おそらくヘレニズム時代のギリシア語で「唇」を意味する mullon に由来する語であろう[3]。
歴史スキタイ騎馬像・紀元前300年頃・パジリク古墳よりガンダーラから出土した、口髭のある釈迦立像、1?3世紀頃(ギメ東洋美術館・蔵)
新石器時代には、剃刀のような石器があったが、これでひげを剃ることは技術的に不可能であった。ひげを含め、体毛を剃ることは、金属器(銅器)の使用が始って以降に広まった習慣と考えられているが、それ以前にも貝殻などを使って剃毛することは行われており、意図的に一部のひげを残して他の部分のひげを剃ることも行われていた可能性はある。
口髭を蓄え、他のひげを剃った人物の姿を捉えた最も古い造形は、ウラル山脈に連なるウコク高原のパジリク古墳から出土した、紀元前300年頃のスキタイ人の騎馬像である。
初期の仏教は、釈迦を人の姿で表現するのを避けていたが、1世紀頃から仏像が作られるようになり、現在のパキスタンにあるガンダーラでは、ギリシア彫刻の影響も受けた、いわゆるガンダーラ仏が作られるようになった。ガンダーラ仏では、頭髪を束ね、口髭を立てた姿が表現されているものがよくある[4]。ギメ東洋美術館が所蔵している、ガンダーラから出土した、1?3世紀ころの釈迦立像にも、口髭が表現されている。仏像では、このように口髭だけを表現し、他のひげは表現しない例が多い。
近代では、口髭は軍人に好まれた。多くの国々において、部隊や階級ごとに様々なスタイルやバリエーションが見られた。一般的に、若い下級の兵士は、比較的小さな、あまり手の込んでいない口髭を立てる。やがて昇進していくと、口髭はより分厚くなり、さらには全てのひげを伸ばすことが許されるようになる。
一般的に、西洋文化においては、女性はひげを伸ばさない。伸ばそうと思えば可能な女性は多いが、そうした女性のほとんどは、ひげを取り除くために何らかの処置を行っている。しかし、中には、ひげが、しばしば薄い口髭のような形で伸びることを、肯定的に捉える女性もいる。メキシコの画家フリーダ・カーロが、口髭と、左右がつながった眉を、作品中の彼女自身の肖像に書き込んでいたことはよく知られている。この伝統は、その後も一部の女性アーティストたちによって継承されている[5][6][7]。 思春期の男性に、通常は決まった順番で徐々にひげが生えてくるが、その過程において、口髭は一つの段階となっている[8]。 人間の生物学的プロセスの多くがそうであるように、この特定の順序にも、遺伝や環境などの要因によって、個人差が見られることがある[9][10]。 口髭を立てている男性は、ほとんどの場合、顔面の全てのひげを伸ばした、いわゆるフル・ビアードにならないよう、顎や頬のひげを毎日剃っている。口髭の手入れのためには、様々な道具が開発されており、髭の形を固める口髭蜜蝋 隔年で開催されている世界的なひげのコンテスト World Beard and Moustache Championships この他にも特徴的な口髭として次のようなものが挙げられる。
思春期男性と髭
最初のひげは、上唇の両端から生え始める傾向がある。
このひげは徐々に上唇全体に広がり、口髭を形成する。
次いで、頬の上部にひげが生じ、下唇の下にもひげが現われる。
最後に、頬の前面と顎の下にもひげが広がり、顔の下半分をひげが覆って、フル・ビアードになる。
手入れ
様々なスタイル口髭を立てたドイツの警察官トマス・ハーディーのイングリッシュ・マスタッシュサルバドール・ダリ(1965年)ヴィルヘルム2世のインペリアル・ムスタッシュ(カイゼル髭)ジョン・ウォーターズのペンシル・ムスタッシュルー・ウォーレス将軍。ウォーラス(セイウチ)形の口髭とやぎ髭を蓄えた南北戦争当時のスタイル。ルイス・ティアントのホースシュー・ムスタッシュ
コンテストにおける分類
ナチュラル (Natural) ? (ワックスなど) 補助的な手段を用いないで形を整えているもの
ハンガリアン (Hungarian) ? 大きく密生した髭で、上唇の中央から左右に伸ばしたもの。上唇の両端から1.5 cm以上離れたところから先はどう伸ばしてもよい。
ダリ (Dali) ? 長くて幅の狭い、上に向かって屈曲か湾曲した尖端をもつ髭で、口の端から先のひげは剃り上げていなければならない。人為的な細工が必要になる。名称は画家サルバドール・ダリにちなむもの。
イングリッシュ (English) ? 幅の狭い髭で、上唇の中央から左右に長く伸ばしたもので、やや湾曲し、尖端はやや上向きになる。口の端から先のひげは通常は剃ってある。人為的な細工が必要となることもある。
インペリアル (Imperial) ? 横に伸びるひげが、上唇からの口髭だけでなく、ほおひげ(髯)も合わさって、尖端が上向きに湾曲したもの。ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世の口髭から、日本では「カイゼル髭」と呼ばれる (なお、フランス語の場合「Imperiale」とは、上掲「髭のパターン」の7のようなものを指し、インペリアル、カイゼルとは別物である) 。
フリースタイル (Freestyle) ? 上記のいずれにも当てはまらない口髭。上唇の両端から1.5 cm以上離れたところから先はどう伸ばしてもよい。また、補助的な手段を用いてよい。
その他の特徴的な口髭
フー・マンチュー (Fu Manchu
パンチョ・ビリャ ('Pancho Villa' moustache) ? フー・マンチューと似ているが、もっと厚みがあり、垂れ下がった口髭(droopy moustache)とも表現される。歴史上の人物としてのパンチョ・ビリャの実際の口髭よりも、垂れ下がったものを指している。
ハンドルバー (Handlebar) ? 上記のイングリッシュ・マスタッシュの中で、密生した髭が両端で小さく跳ね上がり、自転車のハンドルに形状が似たものをこう呼ぶ。野球投手のローリー・フィンガーズのような髭である。このような髭は、「スパゲティ・ムスタッシュ (spaghetti moustache)」と呼ばれることもあるが、これは、イタリアの男性がこのような髭とステレオタイプで結びつけられているためである。
ホースシュー(馬蹄形) (Horseshoe) ? フー・マンチューと混同されることが多いが、(口髭を伸ばして垂らすフー・マンチューとは異なり)ホースシューは口髭と、それに連続した口の両端から垂直に下へ顎の線までの範囲のひげを伸ばすもので、髭の形状が馬蹄に似たものになる。ホースシューは現代のカウボーイが流行させたものと思われている。「バイカー・ムスタッシュ (biker moustache)」ということもある。
ペンシル(鉛筆形) (Pencil moustache) ? 細く、直線的で、短く刈られた髭で、鉛筆で線を書いたよう上唇に沿って髭を残し、鼻と髭の間に広めの空間ができるように残りの髭を剃ったもの。広く知られている例としては、『アダムズ・ファミリー』の登場人物ゴメス・アダムス(Gomez Addams)がある。「マウスブロー (Mouthbrow)」ともいい、代表的な例としてJohn WatersやChris Cornellが挙げられる。
シェヴロン (Chevron) ? 分厚く、広く、上唇の上部を覆う髭。