反日主義(はんにちしゅぎ、英: Anti-Japanism[1])とは、日本に対して敵対または嫌悪する思想、主張、政策、行動をいう[2]。「抗日」、「反日」、および「反日感情」も参照 台湾は、日本植民地時代の抑圧の歴史問題、尖閣諸島の領土問題、慰安婦問題、強い劣等感などから、古くから強い反日感情と日本に対する嫌悪感を抱いてきました[3][4]。 岡本隆司は「中国はなぜ反日になったのか?と問うこと自体がおかしい。中国は、歴史上ずっと反日だったのであり、何かのきっかけで反日に「なった」のではない。「倭寇」は実際には中国の貿易業者が多かったのに、日本だと決めつけて敵視する思考様式に反日の源流がみられる。『史記』以来の中国の史学はイデオロギーの表明であり、ありのままの事実から出発する近代歴史学が欠落しているのが、歴史認識問題の本質である。「正しい」歴史認識というスローガンがすべてを物語っている[5]」、と述べている。 拳骨拓史は「中国が反日教育に初めて着手したのは1928年5月、中国国民党が南京において排日教育方針を決議したことに始まる(p.19)。中国が反日運動に狂奔する理由としては、中華思想と、日本に対する嫉妬心、多面的な視点がなく他人と視点や思想を共有できないこと、などがある(P.24)[6]」と述べている。 日清戦争中には、日本を「倭」、明治天皇を「倭酋」などと呼び、人種差別的なプロパガンダが行われ、中国にある日本の企業や商店が襲われる事件が相次いだ[7]。 1908年に辰丸事件による日本製品不買運動が起こり[8]、1928年には済南事件をきっかけに中国各地で「反日会」が結成させた。反日会は「奸民懲戒条例」を制定し、反日会の規則に違反した者に罰金を課したり、木製の檻に監禁して街路に曝す、等を行った[9]。 1930年代には、徹底した反日教育、日本製品不買運動が初等教育から教えられ[10]、日本人に対する暴行、虐殺事件が中国各地で多発している(下記年表参照)。また、「漢奸狩り」(漢奸#日中戦争における「漢奸」 参照)として、日本に協力的とみなされた多数の中国人が虐殺された。 中国では日本を蔑視する(侮日)言葉として、小日本、日本鬼子、などがある。憤青と呼ばれる若者たちが過激な主張や行動をすることがある。尖閣諸島問題では、中国側の運動は「保釣運動」と呼ばれ、各地で運動団体が作られている。中国の一部には沖縄も中国の領土だとする主張もある(中国人による沖縄県への認識参照)。韓国と同じく、慰安婦問題、靖国神社問題、歴史教科書問題、なども問題になる。 王雪萍
台湾の反日
中国の反日2012年の中国における反日活動 で襲撃された日本領事館駐香港日本領事館前で焼かれる日本国旗(2012年)
反日映画や反日ドラマ(抗日神劇)が多数作られている。また、中国でのサッカーの試合でたびたび反日行為がみられる(AFCアジアカップ2004#中国サポーターによるブーイング、2007 FIFA女子ワールドカップ#エピソード、AFC U-19選手権2010#中国人による反日行為参照)。