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マルクス主義
著書共産党宣言
経済学批判
資本論
ルイ・ボナパルトのブリュメール18日
経済学批判要綱
ドイツ・イデオロギー
経済学・哲学草稿
マルクス主義批判(マルクスしゅぎひはん)とは、マルクス主義に対する批判である。マルクス主義は、歴史、経済、政治、哲学の分野に及ぶ思想体系であり、さまざまな角度からの批判がある。また、カール・マルクス自身もフランス労働党に対して「私はマルクス主義者ではない」とのべたことがある[1]。目次 共産主義は資本主義の止揚された姿なので、マルクスは先進国で共産主義革命が起こると主張したが、実際に起こったのは発展途上国のロシアであった。 マルクスは上部構造は下部構造に規定されるという下部構造決定論を説いたが、現実には政治体制と経済体制にはズレが生じる場合がある。吉本隆明は上部構造は下部構造から幽霊のように疎外された共同幻想であり、宗教・法・国家はその本質の内部において、社会の生産様式の発展史とは関係がないと主張している。また、ルイ・アルチュセールは、政治体制は下部構造だけでなく、もっと重層的な要素で決定されるという重層的決定
1 唯物史観への批判
2 マルクス経済学批判
3 共産主義体制への批判
3.1 ファシズム、全体主義としての批判
3.2 計画経済批判
4 前衛主義批判
5 宗教的予言としての批判
5.1 戦争の消滅に関する予言
6 哲学
6.1 レーニン反映論への批判
7 関連する作品
8 脚注
9 参考文献
10 関連項目
唯物史観への批判
社会学者のマックス・ヴェーバーは、共産党宣言を「第一級の科学的業績」であると評価しながら、ヴェーバーは歴史を仮説的な性格をもつものであって、永遠の真理とはみなさなかったため、マルクスらの唯物論哲学を原理上ことごとく拒否し、歴史の客観的な法則を発見したと称するのは詐欺であると痛烈に批判した[2]。『社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」』では、「世界観としての唯物史観」とは「手を切るべきである」と主張した[2]。またヴェーバーは、禁欲や勤勉を推奨するプロテスタンティズムの倫理が資本主義を成立させた要因のひとつではないかと『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で考察したが、1918年のウィーン大学講義では「マルクス主義的歴史把握のポジティブな批判」と題されていた[2]。ヴォルフガング・モムゼンは「ヴェーバーは、理論の平面でカール・マルクスの最大の敵役を演じた」と評した[2]。