原子力潜水艦
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アクラ型原子力潜水艦はロシアで運用されており、かつてはインドでも運用されていた。また中国製を除く各国最新攻撃型原子力潜水艦は船体前部側面に潜舵を備える。

原子力潜水艦(げんしりょくせんすいかん、英語: Nuclear submarine)は、動力に原子炉を使用する潜水艦のことである。原潜(げんせん)[1]と略されることもある。

以下では各国が保有する原子力潜水艦の構造・運用について説明するが、軍事機密になっていることから不明な事柄も多い。
概要オレンジの国は原子力潜水艦の保有国。通常動力型潜水艦の保有国(緑)に比べて遥かに少ないことが分かる。

原子力潜水艦の構造はもう一方の代表的な潜水艦の推進動力方式であるディーゼルエンジンを備えた通常動力型潜水艦と基本的な構造の点では同様である。

すなわち魚雷もしくはミサイルで水上または水中の敵艦船(ミサイルの種類によっては地上目標も)を攻撃でき、船体は涙滴型や葉巻型をしており、船体上部前寄りにセイル、船体前部側面かセイル側面に潜舵を備える。

原子力潜水艦と通常動力型潜水艦との大きな違いは、推進用スクリュープロペラを回転させるためのエネルギーの発生源である。原子力潜水艦では原子力すなわち核分裂反応により生成される熱エネルギーで水を沸かしてタービンを回すことでスクリューを回転させるのに対し、通常動力型潜水艦ではディーゼル機関などを作動させてバッテリーに充電し、モーターでスクリューを回している。その違いを反映して原子力潜水艦は通常型潜水艦より複雑な構造となっており、船体も大型となる。また、その運用を比較すると通常型潜水艦が沿岸域での運用を比較的得意とするのに対し、原子力潜水艦はより広い外洋域での運用を得意とする。ただし、これらの運用は専門化しているわけではない。

潜水艦の建造と原子力技術の双方を持つ国は限られており原子力潜水艦保有国は攻撃型原子力潜水艦を配備しており、これに対して弾道ミサイル潜水艦は通常型潜水艦では行えない潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射プラットフォームとしての任務を担っており、攻撃型より大きな船体となる傾向にある。
特徴

以下に原子力潜水艦の特徴を示す。
原子力による駆動力の生成

原子力潜水艦では、高温高圧の水蒸気を発生させる熱源として原子炉が利用され、その水蒸気によるエネルギーを利用してスクリューを回すための駆動力を得ている。その駆動力生成の形式は2つに大別される。
水蒸気により
蒸気タービンを作動させ、その蒸気タービンにより(適当な減速装置を介在させて)スクリューを回転させる、という原子力機関を利用するもの。

水蒸気により駆動したタービンにより一旦発電し、その電力を電動機に供給してスクリューを回転させるもの。

いずれにしても、原子力潜水艦では推進動力の生成のために原子力を使用する。以下は特に断りのない限り主に前者について説明し、後者は原子力ターボ・エレクトリック方式として説明する。
原子力による主機関加圧水型原子炉の構成概要

通常原子炉の冷却系は安全のために複数設けられている。なお原子炉自体の数は原子力空母では1つの艦に原子炉を2基以上備えているのに対し、原子力潜水艦では1基または多くても2基である。

原子力潜水艦の原子炉の形式は、現在までのところ一部例外を除いて加圧水型原子炉 (PWR) のみである。別の代表的な原子炉形式である沸騰水型原子炉 (BWR) が採用されたことはない。これは潜水艦においては海洋状態・気象・艦の機動によって船体が揺れたり傾いたりする可能性があり、沸騰水型では冷却水が炉心を十分に冷やせない事態が懸念されるためである。なお、沸騰水型原子炉との比較の上で加圧水型原子炉では、いくつかの機械要素を追加しなくてはならない。例えば、蒸気発生器、加圧水を循環させる強力な循環ポンプ及びその高圧配管ならびに2次冷却水のためのポンプ及び配管は加圧水型原子炉にのみ必要となる。このため、加圧水型原子炉では構造が複雑となるものの利点も生じる。つまり1次冷却水系統と2次冷却水系統が分離されているため、2次系にある蒸気タービンや復水器といった補機類の点検整備が放射線の危険から離れた位置で行うことが可能となるのである。ただし、1次冷却水が何らかの形で漏洩した場合はこの限りではなく、特に蒸気発生器は複雑で脆弱な配管構造を持ち、放射能漏れ事故の原因となり易い。実際に初期の原子力潜水艦においては信頼性が低く、これらの構造がしばしば事故の原因となった。

原子力潜水艦中における原子炉は鉛などが組み込まれた専用の耐圧隔壁で仕切られた原子炉区画の内部に設置されている。これは人体に有害な放射線を遮蔽して船内の他の領域を安全に保つためである。原子炉区画は艦の後ろ寄りに設けられていることが多く、艦の主要な部分を占める前部とタービンや操舵機などのある後部を結ぶため、鉛などで防護された狭い通路が原子炉区画の上部や側面を貫いている[2]
長期間の連続潜航

原子炉の動作には酸素を必要としないため、長期間の連続潜航が可能である。また原子炉の核燃料棒の交換も数年から十数年に一度で済む。このため、ディーゼル燃料を消費する通常型潜水艦のような酸素補給のための潜航時間の制約や、頻繁な燃料補給の手間は無い。蒸気タービンの軸受減速機用の潤滑油は定期的な補給が必要となるが、ディーゼル燃料に比べればやはりその頻度は少ない。原子力潜水艦では、艦内の人員の呼吸に必要な酸素、生活用水は豊富な電力で海水から電気分解蒸留によって作り出され、呼吸により排出される二酸化炭素も化学的に吸着除去される。

これらの特徴から、原子力潜水艦では機能維持・人員生存のための浮上は原理的には数か月間に1度で十分である。ただし長期間の連続潜航が原理的に可能であっても、実際には長くても2か月程度の連続潜航しか行わない。これは、新鮮な食料の補給、艦外からの整備などが必要であることと乗組員の心理面への影響が考慮されるためである。しかし実際には閉鎖された環境に長時間置かれることから、男性乗組員と女性乗組員が性行為を行う・艦内に麻薬を持ち込むなどの問題が発生している[3]

アメリカ海軍では戦略ミサイル原子力潜水艦のクルーはブルーとゴールドの2組を用意しており、1つのグループが70日間の航海を終えて帰港すると約1か月ほど艦の整備などを行い、その後もう1つのグループが70日間の航海に出て行く。そして航海を終えた方のグループは暫しの休暇を経て訓練を行なうというローテーションを繰り返す。
水中機動

原子力機関は最大出力でも燃料消費を考慮する必要が無いため、高速航走を長時間継続することで、大洋の辺地まで遠征することが可能である。公表値であれば一般的に弾道ミサイル型の水中最高速度は20数ノット、攻撃型は30数ノットといわれる。十分な探知能力を持たない紛争地域への急行などでは、その機動性は絶大な力を発揮する。戦術運用では無く、定位置付近でのミサイル基地としての役割や通常パトロール的な敵艦の追尾などにも適している。通常動力潜水艦でもアメリカ海軍の実験潜水艦「アルバコア」のように30ノット以上を発揮することは不可能ではないが、費用便益比において現実的ではなく同様の機軸を実現した例は他には無い。

しかしながら、原子力潜水艦においてもタービン音や外部装置の引き起こす渦流などが大きくなって容易に探知されるので、高速での航行はそれほど頻繁に行われるものではない。
騒音問題リュビ級は電動モーターでスクリューを駆動する電気推進船である。

原子力潜水艦の欠点は、電動機推進時(エンジンは停止)のディーゼル・エレクトリック方式の潜水艦に比べて静粛性が劣ることである。

原子力機関は他の動力に比べ頻繁な停止・再起動が難しいことから、一度起動した後は事故が発生しない限り定期検査まで起動させたまま出力を調整するにとどめるのが基本である。また、作動中は冷却水循環ポンプを止めることができないため、加圧水型原子炉ではこのポンプも大きな騒音発生源となっている。なお、アメリカ海軍の最新原子力潜水艦では、低出力時には冷却材自然循環のみによる運転が可能となっており、ポンプの運転が不要といわれている。ロシア海軍のヤーセン型2番艦以降は自然循環方式を採用している。

ギアド・タービン方式特有の弱点を克服するため、蒸気タービンで発電機を動かして電動モーターでスクリューを駆動する原子力ターボ・エレクトリック方式による推進システムが採用された例がある。例えば、フランス海軍の原子力潜水艦は全てこの方式を採用しており、他にもアメリカ海軍がコロンビア級で計画している。ただ、この方式は蒸気タービン方式(ギアド・タービン方式)に比べて出力/重量比・効率・整備性が悪く、水中速力も劣る。この方式のメリットは、短時間であれば原子炉を低出力に維持した状態で内蔵の蓄電池によって航行することも可能となっており、蓄電池を介して電力が供給されるので電動機の出力応答性も優れる。また、タービンと推進器を伝達軸で連結する必要がないことから、水密区画に伝達軸を通すための穴を開ける必要がないので、ダメージコントロールや機器配置の自由度に優れる一面もある。なお、近年では交流電動機やパワーエレクトロニクスの導入により整備性や効率、出力に関しても改善されつつある。

上記に加えて原子力潜水艦特有の問題ではないが、原子力によって大きな推進力が得られても、それに応じてスクリュー・プロペラで生じる騒音も大きくなるという問題もある。また、高速回転する蒸気タービンの軸出力で低回転のスクリューを回すため、減速装置として減速ギヤを介在させる必要があり(ギアド・タービン方式)、この減速ギヤが大きな騒音発生源となる。そのため、ポンプジェット方式による推進方式を採用する潜水艦も一部にある。ポンプジェットは高速性、静粛性において優れていたものの、推進効率に関しては従来のスクリューよりも劣る。


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