南部諸民族州
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南部諸民族州
エチオピア


 

 

 

1995年 ? 2023年
 

 

 




旗紋章

南部諸民族州の位置1995年から2020年までの領域
政庁所在地アワッサ
歴史
 - 創設1995年8月21日
 - シダマ州が分離2020年6月18日
 - 南西エチオピア諸民族州が分離2021年11月23日
 - 廃止2023年8月19日
面積
 - 2007年国勢調査[1]105,887.18km2
 - 2021年7月推計[2]99,191.8km2
 - 2023年7月推計[3]60,130.39km2
人口
 - 2007年国勢調査[1]15,042,531 
     人口密度142.1/km2
 - 2020年7月推計[4]20,550,997 
     人口密度194.1/km2
 - 2021年7月推計[2]16,499,261 
     人口密度166.3/km2
 - 2023年7月推計[3]13,866,502 
     人口密度230.6/km2

南部諸民族州(なんぶしょみんぞくしゅう、アムハラ語: ??? ???? ??????? ???? ??? ラテン文字表記: YeDebub Bih?roch Bih?reseboch na Hizboch (BGN/PCGN 1967年式)[5]英語: Southern Nations, Nationalities, and People's Region (SNNPR))は、かつてエチオピア南西部に存在した州。州都はアワッサ。40を超える民族が居住し、州の公用語には国家の共通語であるアムハラ語が指定されていた。

創設時の面積は約10.5万平方キロメートル、人口は約1504万人(2007年国勢調査[1])を数え、国内ではオロミア州ソマリ州に次いで3番目の規模を誇った。2020年にシダマ州が、2021年に南西エチオピア諸民族州が相次いで分離し、末期には面積が約6万平方キロメートル、人口は約949万人(2007年国勢調査[1])まで減少した。なお消滅直近の人口は約1386万人(2023年7月推計[3])。
歴史

1995年8月21日、民族連邦主義を掲げた新憲法によって成立。前身はガム・ゴファ州(英語版)、イルバボル州(英語版)、カッファ州(英語版)、シダモ州(英語版)(州境は現在と異なるため、必ずしも同じではない)。新憲法では各民族に州を割り当てたが、南部諸民族州は多数の民族をまとめて形成された。そのため各民族は独自の州の創設を要求し各種運動を展開した。連邦政府はこれらの要求を長年にわたり黙殺していたが、アビィ・アハメド政権になると態度を軟化させ各県に対し住民投票の実施を提案し、ほぼすべての県がこれに応じた[6]

当時州内最大の民族であったシダマ人が多数居住していたシダマ県は最も早い2018年7月に住民投票を要請し、2019年11月に実施し賛成多数となった(シダマ州創設の是非を問う住民投票(英語版))。これを受け州議会では州の将来について本格的な議論が始まり、連邦政府と地方の有力者らとの会談を経て4州への分割を決めた[7]。なおウォライタ県(英語版)選出の議員ら38人は自分たちの要求が反映されていないとして途中で退場した[8]

ダモ/オモロ州 - 州南部地域[9]、後の南エチオピア州

北中部州 - 北部・中部地域、後の中部エチオピア州

シダマ州 - シダマ県

南西エチオピア諸民族州 - 南西部地域

シダマ県は既に住民投票で創設が決定していたため、2020年6月にシダマ州として分離した。南西エチオピア諸民族州構想は2020年9月29日に構成体となる各県で採決され[10]、同年10月10日に連邦議会が承認した[11][12]。2021年9月30日の総選挙(英語版)と同時に行われた南西州創設の是非を問う住民投票(英語版)[13]の結果は賛成多数となり[14][15]、11月23日に分離した。

11月29日、南部諸民族州の高官は協議を行い、州北部の5県と1特別郡を中部エチオピア州として再編する計画を発表した。計画には州再編に反対の立場を表明していたグラゲ県(英語版)が含まれており[16]、県・特別郡政府との協議は行われなかったことから論争が起こった[17]

2023年2月6日、州南部の6県(コンソ県、南オモ県、ガモ県、ゲデオ県、ゴファ県、ウォライタ県)と5特別郡(ブルジ特別郡、バスケト特別郡、アレ特別郡、アマロ特別郡、ディラシェ特別郡)で南エチオピア州創設の是非を問う住民投票(英語版)が実施された[18][19]。2月20日に発表された暫定結果では5県5特別郡で賛成票が多数となったが、ウォライタ県は「重大な運営違反と見做される活動」が行われたとして発表が見送られた[20]6月19日にウォライタ県で再投票が行われ、結果は賛成が圧倒的多数となった[21]

8月19日、南エチオピア州中部エチオピア州が創設された[22]。同日に南部諸民族州知事Ristu Yirdaから中部エチオピア州副知事Endashaw Tassewへ役職の引継ぎが執り行われ[23]、南部諸民族州は消滅した[24]
地理シダマ州、南西エチオピア諸民族州分離後の領域(2021-2023年)

創設時は北から東はオロミア州、南はケニア、南西は南スーダン、西はガンベラ州と接していた。シダマ州の分離後はゲデオ県飛地となった。また南西エチオピア諸民族州分離後はガンベラ州と接さなくなった。

北?南東:オロミア州

東:シダマ州(2020年以降)

南:マルサビット・カウンティケニア

南西:トゥルカナ・カウンティケニア)、南スーダン

西:ガンベラ州(2021年以降は南西エチオピア諸民族州

面積の変遷


創設時:105,887.18 km2

シダマ州分離後:99,191.8 km2

南西エチオピア諸民族州分離後:60,130.39 km2

行政区画

消滅時は以下のと県と同格の特別郡から成っていた。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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