半田悦子
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半田 悦子

名前
愛称えっちゃん
カタカナハンダ エツコ
ラテン文字HANDA Etsuko
基本情報
国籍
日本
生年月日 (1965-05-10) 1965年5月10日(59歳)
出身地 日本静岡県清水市
身長160cm[1]
体重51kg[1]
選手情報
ポジションFW
ユース
清水第八SC
クラブ1
年クラブ出場(得点)
1980-1988 清水第八SC
1989-1996 鈴与清水FCラブリーレディース 131 (71)
代表歴
1981-1996 日本75 (19)
監督歴
2004-2010 常葉学園橘中学校
2011-2020 常葉学園橘高校
2021-2022 ちふれASエルフェン埼玉
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

半田 悦子(はんだ えつこ、1965年5月10日 - )は、静岡県清水市(現在の静岡市清水区)出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時のポジションはフォワード[2]
経歴

清水市立入江小学校の3年(1974年)からサッカーを始める[2]。1980年に清水第八SCに入団して、チームの一員として全日本選手権7連覇を果たし、1982年第3回全日本女子サッカー選手権大会では最優秀選手に選ばれた。

1989年に清水第八SCの選手らによって発足した鈴与清水FCラブリーレディース(1989年は清水FCレディース)へ移籍して日本女子サッカーリーグ(L・リーグ)に参加した。1991年には静岡県体育協会から優秀選手章を木岡二葉らとともに受賞し、第8回1996年)まで131試合出場70ゴールを記録した。

日本女子代表は1981年に初選出された[2]1989 AFC女子選手権インドネシア戦(6月13日)で初得点をあげて1-0とし、同時に日本女子代表の初勝利へ貢献。その後、アジア競技大会1990年1994年)、FIFA女子世界選手権大会1991年1995年)、アトランタオリンピック(1996年)などに出場し、75試合出場19得点を挙げた。

1997年に現役を引退。調理師免許を取得してレストランで働きながらサッカーの指導者として経験を積み[2]、2002年よりNPO法人御殿場トレーニングセンターでサッカースクールコーチを務めた[3]

2004年度公認A級コーチを取得し[4]常葉学園橘中学校に新設した女子サッカー部監督に就任した[3]。2011年より常葉学園橘高校女子サッカー部の監督に就任。また、同年にJFA 公認S級コーチライセンスを取得[4][2]。女性では2007年に取得した本田美登里に次いで2人目[5]

2021年、ちふれASエルフェン埼玉の監督に就任した[6]。2022年6月2日、2021-22シーズン限りで退任することが発表された[7]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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