千本座
Senbon-za
地図
情報
正式名称千本座
旧名称大野座
開館1901年9月
閉館1963年6月
収容人員625人
用途映画上映
運営日活株式会社
所在地〒602-8455
京都府京都市上京区千本通一条上ル東側 泰童片原町
千本座(せんぼんざ)は、かつて存在した日本の映画館である[1][2][3][4][5][6][7][8][9][10][11][12]。正確な成立時期は不明であるが、京都府京都市上京区千本通一条上ル東側にあってもともと大野座(おおのざ)と呼ばれていた芝居小屋を牧野省三が1901年(明治34年)に買収して改称、同年9月に改めて開館した[1][2][4][12]。1912年(大正元年)9月、日活に買収され、第二次世界大戦後の1950年(昭和25年)前後に千本日活館(せんぼんにっかつかん)と改称した[1][2][13][14][15]。同館の館主であった牧野が、同館の俳優を使用して「日本初の時代劇映画」と呼ばれる『本能寺合戦』を製作・監督したことから、「劇映画発祥の地」として知られる[3]。
同館の跡地の近隣に現存する映画館である千本日活(かつての五番街東宝)とは異なる[2]。
目次
1 沿革
2 データ
3 概要
3.1 牧野省三の時代
3.2 日活直営・常設館として
4 脚注
5 参考文献
6 関連項目
7 外部リンク
沿革
明治時代 - 大野座として開館[2]
1901年9月 - 牧野省三が買収して千本座と改称[1][2][12]
1912年9月 - 日活が買収[2]
1950年前後 - 千本日活館と改称[2][13][14]
1963年6月 - 閉館
1964年 - 日活が売却[15]
データ
所在地 : 京都府京都市上京区千本通一条上ル東側 泰童片原町665番地[10][11]
現在の「ハイツ千本一条」および「無印良品千本(閉業)」の位置[16][17]
北緯35度1分37.23秒東経135度44分33.4秒
経営 : 牧野省三 ⇒ 京都土地興行(日活) ⇒ 日活
構造 : 木造二階建
日本造り、間口8間半(約15.45メートル)、奥行14間(約25.45メートル)、うち舞台奥行4間(約7.27メートル) - 1901年開館時[1]