千家典子
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「典子女王」はこの項目へ転送されています。久邇宮朝融王の第五女子の典子女王については「古河典子」をご覧ください。

千家 典子
(典子女王)
出雲国造家(千家家)
2013年(平成25年)1月2日 撮影
一般参賀にて
続柄高円宮憲仁親王第2女子

全名千家 典子(せんげ のりこ)
身位女王→(皇籍離脱
敬称殿下→(皇籍離脱)
お印
出生 (1988-07-22) 1988年7月22日(35歳)
日本東京都港区 愛育病院
配偶者千家国麿2014年 - )
子女なし
父親高円宮憲仁親王
母親憲仁親王妃久子
栄典宝冠牡丹章

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千家 典子(せんげ のりこ、1988年昭和63年〉7月22日 - )は、日本の元皇族出雲大社権宮司千家国麿の妻。勲等宝冠牡丹章

皇籍離脱前の身位女王で、皇室典範における敬称殿下。旧名、典子女王(のりこじょおう)。お印(らん)であった。

高円宮憲仁親王同妃久子の第2女子[1]大正天皇の曽孫、徳仁(第126代天皇)の再従妹にあたる。姉に承子女王、妹に守谷絢子(絢子女王)がいる。学位学士心理学)。
略歴
生い立ち

高円宮憲仁親王同妃久子の第2子(次女)として、1988年(昭和63年)7月22日に祖母の崇仁親王妃百合子が総裁を務める社会福祉法人恩賜財団母子愛育会総合母子保健センター愛育病院にて誕生した[2]。名は父・憲仁親王が選び、お印は母・久子妃が選んだ。

松濤幼稚園に通い、学習院初等科女子中等科を経て、2007年(平成19年)3月に学習院女子高等科を卒業した。同年4月に学習院大学文学部心理学科に入学した。大学では臨床心理学等を学んだ。この間、女子中等科在学中の2002年(平成14年)10月、父・高円宮憲仁親王と死別した。

2008年(平成20年)7月22日に成年を迎え、天皇明仁(当時)から宝冠牡丹章を賜った。その後、成年皇族として宮中祭祀や式典にも参列していた。

2011年(平成23年)3月20日に学習院大学文学部心理学科を卒業した。
結婚による皇籍離脱

2014年(平成26年)5月27日午前、出雲大社禰宜(当時)の千家国麿との婚約が内定したと宮内庁西ヶ廣渉宮務主管が記者会見で発表。同日午後には、宮内庁第一会議室で典子女王及び千家の記者会見が開かれた。同年7月4日、納采の儀が執り行われた。

同年10月2日午前、結婚を前に皇居宮中三殿にて賢所皇霊殿神殿に謁するの儀(かしこどころこうれいでんしんでんにえっするのぎ)が執り行われ、典子女王は小袿おすべらかしの姿で皇室の先祖と神々に対し結婚と皇籍を離れる旨を報告した。同日午後には、宮殿で天皇皇后に感謝の言葉を伝える朝見の儀に臨んだ[3]

10月5日午前7時半ごろ、前日に出雲市に入った典子女王を、宿泊先へ国麿の叔父が使者として迎えに行く入第の儀(じゅだいのぎ)が行われ、続いて午前11時ごろより、夫となる千家の所属する出雲大社にて結婚式が行われた。出雲大社参道で、典子女王は黄色地に紅の向鸚鵡丸文と萌黄の植物文を散らしたに紫色の袴、国麿は黒の衣冠を身に付け、そのあとに両者の親族である黒留袖の母久子妃、振袖の承子女王、絢子女王に続いて夫の国麿の両親らが続いて歩き拝殿へ向かった。その後、典子女王が赤い小袿と紫色の長袴に着替え、国麿に続いて拝殿内に入った。なお、この儀式にて着用された小袿は典子女王の祖母である崇仁親王妃百合子が義母の貞明皇后(大正天皇の皇后)から受け継いだもの、長袴は貞明皇后から受け継いだ生地で新たに作られたものと発表されている[注釈 1]。儀式は同日正午までに終了した。式後、婚姻届が代理人により出雲市役所大社支所に提出、受理され、皇族の身分を離れ[4]、以後の名は民間人の「千家 典子(せんげ のりこ)」となった[5]

披露宴は、同月6日に松江市ホテル一畑で地元関係者向け、8日に東京都内のホテルで皇太子徳仁親王同妃雅子(当時)を主賓に三権の長らを招いて行われた[6]

結婚にあたっては、法に定められた規定により、国から一時金として1億675万円が典子女王に支給された[6]。また、この金額は法定上限額である。結婚後、出雲大社宮司の妻を「姫君様」と呼ぶ習慣に伴い、国麿の妻として大社職員らに「若姫君様」と呼ばれ、祭祀や行事の準備などの指示を学ぶことになる[6]

2023年令和5年)7月28日、祖母・鳥取二三子(久子妃の母)の葬儀の喪主を務めた[7]
系譜

千家典子父:
憲仁親王(高円宮)祖父:
崇仁親王(三笠宮)曾祖父:
大正天皇
曾祖母:
貞明皇后
祖母:
百合子曾祖父:
高木正得
曾祖母:
高木邦子
母:
久子祖父:
鳥取滋治郎曾祖父:
鳥取為三郎[8]
曾祖母:
鳥取久壽[8][9]
祖母:
鳥取二三子曾祖父:
友田二郎
曾祖母:
友田盛子

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