医薬品設計
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創薬サイクルの概略図

医薬品設計(いやくひんせっけい、英: Drug design; ドラッグデザイン)とは、生物学的標的の知識に基づいて新しい薬物を見出す創意に富んだ手法である[1]。しばしば合理的医薬品設計または単に合理的設計とも呼ばれる。薬物は、タンパク質などの生体分子の機能を活性化または阻害する有機低分子が最も一般的であり、これにより患者に治療効果(英語版)をもたらす。最も基本的な意味での医薬品設計は、相互作用する生体分子標的と相補的な形状と電荷を持ち、標的に結合する分子を設計することを含む。その他にも、通常の経路を強化するために、病気の場合に影響を受けているであろう特定の分子の働きを促進する方法もある。

医薬品設計は、コンピュータ技術を用いてモデル化することができ、コンピュータ支援創薬設計とも呼ばれる[2]。また、生体分子標的の三次元構造の知識に依存した医薬品設計は、構造ベース薬物設計として知られている[2]。これらの技術は、活性部位の構造と性質の知見から生体分子にうまく組み合う分子の構築を可能にする。

低分子に加えて、ペプチド、特に治療用抗体を含むバイオ医薬品はますます重要で[3][4]、これらのタンパク質ベースの治療薬の親和性、選択性、および安定性を向上させるための計算的手法も開発されている[5]

「医薬品設計」という言葉は実際には誤称(英語版)であり、より正確な用語は、リガンド設計 (すなわち、標的に強固に結合する分子の設計) である[6]。結合親和性を予測するための設計技術はかなり成功しているが、バイオアベイラビリティ、代謝半減期副作用など、リガンドが安全で有効な薬物になる前に、まず最適化しなければならない他の多くの特性がある。これらの他の特性は、合理的設計技術では予測が難しいことが多い。それにもかかわらず、特に医薬品開発臨床段階では離脱率が高いため、医薬品設計の初期段階では、開発中の合併症が少なく、したがって承認され、上市される可能性が高いと予測される物理化学的特性を有する候補薬を選択することに多くの関心が払われている[7]。さらに、より良好なADME (吸収、分布、代謝、排泄) および毒性プロファイルを有する化合物を選択するために[8]、計算法を補完するin vitro実験が創薬の初期段階で使用されるようになってきている。
薬物標的

生体分子標的(最も一般的にはタンパク質核酸)とは、特定の疾患状態や病理学、あるいは細菌性病原体感染性や生存性に特異的な代謝経路シグナル伝達経路に関与する鍵となる分子である。潜在的な創薬標的は必ずしも疾患を引き起こすものではないが、定義上は疾患を修飾するものでなければならない[9]。場合によって、低分子は、特定の疾患修飾経路における標的機能を増強または阻害するように設計される。低分子 (例えば、受容体作動薬拮抗薬受容体逆作動薬、または選択的受容体調節薬(英語版)、酵素活性化剤または酵素阻害剤;またはイオンチャネル開口薬(英語版)またはチャネルブロッカー(英語版)) は[10]、標的の結合部位に相補的であるように設計される[11]。低分子 (薬物) は、他の重要な「オフターゲット」分子(しばしばアンチターゲットと呼ばれる)に影響を与えないように設計できる。それは、オフターゲット分子との薬物相互作用が望ましくない副作用を引き起こす可能性があるためである[12]。結合部位の類似性により、配列相同性(英語版)によって同定された密接に関連した標的は、交差反応の可能性が最も高く、それゆえに副作用の可能性が最も高いと考えられている。

最も一般的な薬物は、化学合成によって製造される有機低分子であるが、新しいアプローチとしては、生物学的プロセスによって製造される生体高分子ベースの薬物 (バイオ医薬品としても知られている) がますます一般的になってきている[13]。さらに、mRNAベースの遺伝子サイレンシング技術は、治療への応用が期待されている[14]
合理的医薬品設計

これまで行われてきたような、培養細胞や動物に対する化学物質の投与による試行錯誤や、治療に対する外見上の効果を照らし合わせる、といった古典的な創薬の手法(フォワード薬理学と呼ばれる)とは異なり、合理的設計法(Rational drug discovery; リバース薬理学とも呼ばれる)は、まず体内もしくは標的器官における特定の化学反応を理解することから始まり、特定の生体分子を修飾することで治療効果が得られるのではないかという仮説を立て、これらの反応の組み合わせを治療目的に合わせて意図的に作り上げて行く。

生体分子を薬物標的として選択するためには、2つの重要な情報が必要である。第一は、標的の修飾が疾患修飾になるという証拠である。この知識は、例えば、生物学的標的の突然変異と特定の疾患状態との間の関連性を示す疾患連鎖解析から得られることがある[15]。第二に、標的が「創薬可能性(英語版)」であるということである。これは、それが低分子に結合する能力があり、その活性が低分子によって調節可能であることを意味する[16]

適切な標的が同定されると通常、標的はクローン化 (英語版) され、生産 (英語版) され、精製 (英語版) される。精製されたタンパク質は次に、スクリーニング試験を確立するために使用される。さらに標的の三次元構造を決定してもよい。

標的に結合する低分子の探索は、潜在的な薬物化合物のライブラリをスクリーニングすることから開始される。これは、スクリーニング試験 (「ウェットスクリーン」) を使用して行なうことができる。さらに、標的の構造が利用可能であれば、候補薬物のバーチャルスクリーンを実行してもよい。

結合部位における薬物の活性は医薬品設計の一面でしかない。さらに考慮するべき一面は分子の持つ「薬らしさ(英:druglikeness)」である。すなわち、経口バイオアベイラビリティ、適切な化学的および代謝安定性、および最小の毒性効果につながると予測される特性を備えている必要がある[17]。薬らしさを推定する指標としてはリピンスキーの法則や、親油性効率(英語版)のようないくつかのスコアリング方法が利用可能である[18]。設計プロセス中に同時に最適化されなければならない多数の薬物特性のために、多目的最適化(英語版)技術が採用されることがある[19]。その上、化合物の代謝的安定性[20]、安全性、さらには製造にかかる合成コストなども医薬品設計に求められる事項である。

医薬品開発はその過程の複雑さゆえに、未だにセレンディピティ[21]限定合理性[22]といった偶然に頼った発見を示唆する言葉が引き合いに出される。また副作用を持たない新規な医薬品となりえる化合物を、既知未知を含めた膨大な数の化学物質群から見つけ出すことは、相当なチャレンジであると言える。
コンピュータを利用した医薬品設計

医薬品設計における最も基本的な目標は、特定の分子が標的に結合するかどうか、および結合する場合にはどの程度の強さで結合するかの予測である。分子力学法分子動力学法は、低分子とその生物学的標的との間の分子間相互作用の強さを推定するためにしばしば使用される。これらの方法は、低分子のコンホメーションを予測したり、低分子が標的に結合したときに起こるかもしれない標的の構造変化をモデル化するためにも使用される[3][4]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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