北加瀬
[Wikipedia|▼Menu]
.mw-parser-output .pathnavbox{clear:both;border:1px outset #eef;padding:0.3em 0.6em;margin:0 0 0.5em 0;background-color:#eef;font-size:90%}.mw-parser-output .pathnavbox ul{list-style:none none;margin-top:0;margin-bottom:0}.mw-parser-output .pathnavbox>ul{margin:0}.mw-parser-output .pathnavbox ul li{margin:0}日本 > 神奈川県 > 川崎市 > 幸区 > 北加瀬

北加瀬
町丁
.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯35度33分06秒 東経139度39分38秒 / 北緯35.551561度 東経139.660583度 / 35.551561; 139.660583
日本
都道府県 神奈川
市町村 川崎市
行政区幸区
地区日吉出張所

人口情報(2024年(令和6年)3月31日現在[1]
 人口10,414 人
 世帯数5,021 世帯

面積[2]
 0.575694454 km²
人口密度18089.46 人/km²
設置日1990年平成2年)2月26日
郵便番号212-0057[3]
市外局番044(川崎MA[4]
ナンバープレート川崎
ウィキポータル 日本の町・字
ウィキポータル 神奈川県
ウィキプロジェクト 日本の町・字
テンプレートを表示

北加瀬(きたかせ)は、神奈川県川崎市幸区及び中原区にある町名または町名地域である。現行行政地名は北加瀬1丁目から北加瀬3丁目。面積は0.58km²[2]
地理

地域のほとんどが住宅地だが、かつては大同製鋼川崎工場→日本発条川崎工場(現在の北加瀬2丁目)[5]があった。日本発条川崎工場跡地は日本発条の関連会社によるゴルフ練習場リンクス新川崎[6][7]とマンションになっている。そのリンクス新川崎も2022年6月30日で営業を終了した[8]

JR貨物の新鶴見操車場であった区域については2007年新川崎に分離されている。「小倉 (川崎市)」も参照
河川

矢上川(鶴見川水系)

渋川

台地

加瀬山(標高約35m、一部区域は南加瀬)。夢見ヶ崎動物公園があり、南に三ツ池公園を、北は武蔵小杉方面を望むことができる。なお加瀬山周辺は急傾斜地崩壊危険区域に指定されている。
遺跡

加瀬山には
夢見ヶ崎古墳群(加瀬台古墳群)や、南加瀬貝塚などの遺跡が何箇所か存在する。

隣接地域

幸区南加瀬1丁目・2丁目矢上小倉1丁目新川崎

中原区西加瀬苅宿大倉町木月4丁目

地価

住宅地の地価は2024年令和6年)1月1日に公表された公示地価によれば北加瀬2丁目13-12の地点で290,000円/m2となっている[9]
歴史

1889年 橘樹郡北加瀬村が木月村、苅宿村、今井村、市ノ坪村、井田村と合併して住吉村が成立。その大字となる。

1925年 住吉村が中原町に合併する際に大字北加瀬が切り離され、日吉村に編入される。

1937年 日吉村が横浜市川崎市に分割編入され、大字北加瀬は川崎市の大字となる。

1969年 大字鹿島田・苅宿と共に三菱ふそうトラック・バス(当時三菱重工業)の工場敷地(字鹿島田境の大部分及び字道上・耕地の各一部)を分離して大倉町を設置(1972年中原区に編入)。


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:37 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef