勝手に逃げろ/人生
Sauve qui peut (la vie)
監督ジャン=リュック・ゴダール
脚本アンヌ=マリー・ミエヴィル
ジャン=クロード・カリエール
製作アラン・サルド
ジャン=リュック・ゴダール
製作総指揮マラン・カルミッツ
出演者イザベル・ユペール
ジャック・デュトロン
『勝手に逃げろ/人生』(仏語Sauve qui peut (la vie))は、ジャン=リュック・ゴダール監督による1979年製作のフランス・オーストリア・西ドイツ・スイス合作の映画作品。ロケ地はスイス・レマン湖畔のヴォー州。1968年以来12年ぶり(1980年公開)、記念すべきゴダールの「商業映画復帰第一作」として知られる。 1979年、それまでフランス・イゼール県グルノーブルで活動していたゴダールとそのパートナーアンヌ=マリー・ミエヴィル[1]は、活動拠点をスイスに移し、レマン湖畔の小村ロールに工房を構える。ゴダールはこれを機に商業映画に復帰すべく、アラン・サルドによるプロデュースを受け、ゴダール単独演出作の準備を開始する。それが本作『勝手に逃げろ/人生』である。脚本には、ゴダール=ミエヴィルのコンビに、ピエール・エテックスやルイス・ブニュエルの脚本家として知られるジャン=クロード・カリエールが導入される。 商業映画に復帰というからにはスターキャスティング作品である。アラン・サルドがイヴ・ガセール
概要
音楽のガブリエル・ヤレドはレバノンのベイルート出身のミュージシャンだが、彼の起用はジャック・デュトロンの推薦による。ウィリアム・リュプチャンスキーと並んで撮影に初起用されたレナート・ベルタは、ダニエル・シュミットやアラン・タネールら当時のスイス映画の若手監督たちとともに育ったカメラマンで、イギリスでの公開タイトル(『Slow Motion』)にもなった本作の劇的なスローモーション撮影は彼の手による。
当時27歳のアラン・サルドは、かつて映画プロデューサージャン=ピエール・ラッサムが、ジガ・ヴェルトフ集団解散後のゴダールに『パート2』(1975年)を撮らせるときにジョルジュ・ド・ボールガールを担ぎ出したように、MK2を立ち上げ気炎を吐いていたマラン・カルミッツを製作総指揮に引っ張り出し、フランス国内配給についてもMK2の配給部門に引き受けさせた。こうして1968年8月の「商業映画との決別宣言」以来、実に12年ぶりにゴダールを商業映画の舞台へと引き上げたのだった。