動物磁気説
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メスメリズムの語源でもあるフランツ・アントン・メスメルの肖像画

動物磁気説(どうぶつじきせつ、Animal magnetism)またはメスメリズム(mesmerism)とは、18世紀のドイツ人医師フランツ・アントン・メスメルが主張した、人間や動物、さらに植物も含めたすべての生物が持つとされる目に見えない自然の力(Lebensmagnetismus)に関する学説のこと。メスメルは空間には磁性を帯びた不認知の流体が存在するとし、このうち生体内を貫流したものを動物磁気と名付けた。そして、当時病因が不明であったヒステリーといった病気が動物磁性の不均衡によって生じると考え、この学説に基づき、施術者が患者に磁気を与えるという治療術を実践した。メスメルと治療術は当時のヨーロッパにおいて高い名声を誇り、専門の学会が作られ、磁気師と呼ばれる多くの施術者も生み出した。しかし、メスメルは動物磁気の科学的立証に失敗し、当時においては既にメスメルの理論自体は否定されていた。ただ、治療術自体は何らかの成果があると見なされて研究は続き、やがて催眠術催眠療法へと発展する。

19世紀に生気論(vitalism)は、欧米で多数の信奉者を生み出し普及した。専門医はメスメリスト(mesmerists)よりもマグネタイザー(magnetizers、=磁気師)と呼ばれることが多かった。1779年に登場してから約75年間、医学の重要な専門分野とみなされ、さらに50年間影響力を持ち続けた。1766年から1925年にかけて何百冊もの専門書が刊行されたが、今日ではほとんど忘れ去られている[1]。一部の国ではメスメリズムは依然として代替医療の一形態として実践されているが、医学的には認められていない。
メスメルによる学説と治療の実践

動物磁気説(Animal magnetism)の大本はドイツ人医師のフランツ・アントン・メスメルが18世紀に提唱したものである。

古来より磁石は空間を隔てて作用し、物と物との間に働く目に見えない力としてよく知られていた[2]。また、当時の科学常識としてエーテル仮説のように空間には不認知の流体が満たされていると考えられていた。メスメルは、この流体を磁気に似た性質を持つ「磁気流体(magnetic fluid)」(現代における磁性流体のことではない)と仮定し、生物も含めた物質内を貫流し、生体相互で作用しているとした。この時、生物の体内に滞在する流体を「動物磁気(animal magnetism)」と名付けた[注釈 1]。その上でメスメルは体内においてこの磁気に不均衡が生ずると病気になると考え、これを均衡化させることが当時治療法が不明であった病気の治療になると着想した[2][4][5]。1774年にメスメルは、ヒステリーを患っていたフランシスカ・エスターリンの治療の一環として、鉄分を含む調合剤を飲ませた後、身体のあちこちに磁石をつけ「人工的な干満」を起こした。彼女は体内を流れる不思議な液体の流れを感じたと言い、数時間後に症状が緩和された。しかし、メスメルはこれは磁石で治療されたのではなく、自分の体内に蓄積された動物磁気を彼女に与えた結果だと捉えた。以後、メスメルは磁石を使わず、動物磁気の訓練を受けた者が患者に按手など行い、自らの磁気を与えることで治療ができるという学説を唱え、また実践した。

動物磁気に基づく治療法とは、具体的には治療者が自らの磁気を患者に当てることで、あえて患者の体内の磁気を乱し、それによって磁気を均衡させ、治療するというものであった。この患者の磁気を乱した際に、相手に痙攣や失神が起こり、これを「crisis」と称した。初期においてメスメルは個人を相手に治療したが、これはまず患者の前に座り、膝を相手の膝につけ、両手でその親指を抑え、また目をじっと見つめる。肩から腕に沿って手を動かし、患者の季肋部(英語版)(横隔膜の下あたり)に指を押し当て、時には何時間も手を当て続ける。多くの患者は特異な感覚を覚えたり、上記の「crisis」が起こり、これを治療の成功とした。治療の最後にはガラス製のアルモニカという楽器の演奏で締めくくることもあった[6][4]

1780年になるとメスメルは個人で治療しきれないほどの患者を抱え、「baquet」という集団治療法を確立した。この治療法を観察したイギリスの医師は以下のように記録している。部屋の中央に約1フィート半 (45cm) の高さの器が置かれていて、ここではそれを「baquet」と呼んでいる。回りに20人の人々が楽に座れるくらいの大きさである。それを覆う蓋の端近くに、それを囲む人々と同じ数の穴が開けられている。その穴の中に、患者に適用されることになっている体の部分に応えるために、右側に曲がった、高さの異なる鉄棒を挿し込む。鉄棒の他にbaquetと患者の1人を繋ぐロープもあり、そこから別の患者たちが数珠つなぎなって一周する。最も著しい効果はメスメルが近づいたことで生み出される。メスメルは患者に触れることなく、手または目の決まった動きだけで「流体」を伝達すると言われる。私はその効果を目撃したという人、手の動きで痙攣が引き起こされ、治ったりしたという人の何人かと以前話したことがある……。

メスメルとその治療法は当時のフランスで広く知られることになるが、後述のように1784年にルイ16世の勅命を受けたフランス王立委員会は「磁気流体」を否定し、また同時期にプロイセンのハインリヒ大公フリードリッヒ大王の弟)の前で行なった治療実演の失敗によってメスメルは凋落し、姿を消す[4][7]。その後、動物磁気説の理論はピュイゼギュール侯爵ファリア神父に引き継がれ、最終的にはジェイムズ・ブレイドによって催眠術として学問的に確立した。
語源と定義
マグネタイザー(Magnetizer)

マグネタイザー(magnetizer、=磁気師)ないしメスメライザー(mesmerizer)という用語は、動物磁気を研究し、実践する人を指す[8]。これら用語、呼び名はメスメリスト(mesmerist、=催眠術師)やマグネティスト(magnetist、=磁気学者)とは明白に区別され、こちらの場合には動物磁気説やその支持者に対する批判者という意味合いを持つ[9]。あるいはヒプノティスト(hypnotist、=催眠術師)やヒプノシス(hypnosis、=催眠術)とも区別される[9]

マグネタイザーの語源は、フランス語の magnetiseur (メスメリズムを用いる)に由来し[8]、さらにこの単語は同言語の動詞 magnetiser に由来する[10]。この用語は、メスメルが提唱した磁気による効果に類似していると考えられていた「磁気流体(magnetic fluid)」を操作し[11]、他者に影響を与えることができる力を持つ人物のことを指した[12]。例えば、アントワーヌ・ジョゼフ・ゴルサス(英語版)は「マグネタイザーとは生命力の導師(イマーム)である」と表現した[13]
メスメリズム(Mesmerism)

イギリスのマグネタイザーの間で、自分たちの臨床技術を「メスメリズム」と呼ぶ風潮が現れた。これは自分たちの動物磁性の理論と「磁気流体」に基づく理論とを区別したかったためである。当時のマグネタイザー達は磁気流体と考えられていたものを操作しようとし、時に彼らはそれを「手の上に置く(按手)」ことを試みた。この結果、激しい熱、震え、トランス、発作などの症状が現れたことが報告されている[14]

フランスの医師・解剖学者・婦人科医・物理学者であったジョゼフ・フィリップ・フランソワ・ドゥルーズなど、多くの医者は科学的なアプローチをとっていた。彼の弟子の一人であるテオドール・レジェ(Theodore Leger)はメスメルに由来する「メスメリズム」という名称は「最も不適切」だと断じている[15]。1846年までに化学者ルイージ・ガルヴァーニに由来する化学的作用で発生した電流を意味する「ガルヴァニズム(galvanism)」の語が、「電気(electricity)」に置き換わったことに着目して、レジェはその年に次のように書いた[15]。「動物磁性(animal magnetism)という用語を置き換えること」に関して、提案されている変更案の中でメスメリズムは明らかに最も不適切である。第一に正しい科学において特定人物の名前に由来するものはありえない。第二に、この名誉の基となるメスメルの実績とは何ですか? 彼はこの理論の実践部分における発明者ではない。なぜなら、科学の実用的な部分は、それよりもはるか昔に遡ることができるからだ。そうした意味では彼が構築した部分は完全に放棄されている。現在(すなわち1846年)に興隆していることについて彼は誤った理論を提供し、そのためにそれは我々の進歩に致命的なものとなっている。科学者達が我々の主張を立て直したことについても彼は何も話さなかった。実践や理論においても、また科学的な発見においてもメスメルに起因するものなど何一つないのに、なぜにメスメリズムと呼ばなければならないのか。
フランス王立委員会による検証

1784年、ルイ16世に任命された2つのフランス王立委員会は、メスメルの磁気流体説を科学的に立証しようと研究を始めた[16][17]。科学アカデミーの委員会には、Majault、ベンジャミン・フランクリンジャン=シルヴァン・バイイ、Jean-Baptiste Le Roy、Sallin、Jean Darcet、de Borey、ジョゼフ・ギヨタンアントワーヌ・ラヴォアジエらも参加していた。


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