労働寄生(ろうどうきせい、英語: kleptoparasitism, cleptoparasitism)は、生物における寄生のあり方の一つを指す言葉である。宿主の体から直接栄養を得るのではなく、宿主が餌として確保したものを餌として得るなど、宿主の労働を搾取する形の行動を取ることを指す。盗み寄生とも言う。 寄生は、一般にはたとえば回虫やシラミのように、特定の宿主の体内、あるいは体表にあってその体から栄養を得る生活を指す。これに対して、労働寄生というのは、宿主の体そのものでなく、宿主が必要な資源として獲得したものを奪うこと、あるいはそれを行って生活することである。 たとえばある動物が獲物を得てそれを食べる場合、まず獲物を捕獲する段階があり、それに次いで摂食が行われる。この二つの段階の間に割って入り、ある動物が捕獲したものを他の動物が取り上げて我がものとするものがあれば、このように呼ぶことができる。このような行動は人間社会における盗みに当たるから、盗み寄生と呼ばれる。英語の kleptoparasitism はギリシャ語の「盗む」を意味する語 κλ?πτειν (kleptein) と寄生性を合成した語である[1]。 なお、獲物の捕獲には失敗を伴うのが普通であり、盗まれて食えなかったのは失敗したのと同じと見ることもでき、そうみると、盗み寄生は宿主に何らの負担もかけてはいないようにもみえる。しかし、捕獲に至る行動にもそれなりのリスクとコストはあるはずで、したがって捕獲に至った獲物を奪われたのは、それに要したコストをも取られたと見ることもできる。この場合、宿主の被害は獲物そのものだけでなく、それに要したコスト、つまり捕獲のための労働を盗まれたと見ることができる。労働寄生の語はこれによる。 なお、このような例が寄生に当たるのかどうかは一見疑問であるが、昆虫などでは寄生と見なさざるを得ない例もあり、逆に寄生と言い難い例もあり、そのあたりには議論がある。また、類似あるいは共通する概念に社会寄生
概説
具体例
食料を直接盗むカツオドリを攻撃中のオオグンカンドリ
ある動物が自分の食糧として確保したものを奪う例である。完全に奪い取る例もあれば、横から同時に摂食を行う「かすめ取り」をする例もある。
典型的な例はグンカンドリとカツオドリに見られる。グンカンドリはカツオドリが餌を取って海から飛び上がってくると、それに空中で攻撃を仕掛け、カツオドリが餌を吐き出すとすかさずそれを空中で取り、食べてしまう。グンカンドリは自力で餌をとることもできるが、このような盗み行動を常習的に行っている。類似の例は、それほど頻繁ではなくとも多くの肉食動物の間でも見られる。
これは大型脊椎動物の間だけでなく、無脊椎動物でもみられる。たとえばハエトリグモ科のチャスジハエトリやアダンソンハエトリは人家に普通なもので、いずれも昆虫をよく捕食するが、互いに相手から獲物を盗む行動が知られ、多くの場合前者が後者から獲物を奪う。従ってチャスジがアダンソンを宿主とする労働寄生者となっている[2]。
また潮間帯に生息するアッキガイ科
の巻き貝であるシマレイシガイダマシは岩礁に固着するイガイ類などの貝殻に穴を開けて捕食するが、同所的に生息するウネレイシガイダマシやヒメヨウラクは同様な捕食法の他にシマレイシガイダマシに対する労働寄生を行う。前種は宿主が穴を開けたものを乗っ取ることで、後種は捕食されている貝に集まり、横から吸収しようとする「かすめとり」を行うことで、いずれも労働寄生をする。この2種の口吻は宿主に比べて太く、これは貝殻に素早く穴を開けるには不利であるが内容を素早く吸い込むには有利に働くとされ、労働寄生に向くものとなっている[3]。親が子に餌を与えて育てる動物において、子供に与えられる餌を盗むことで、その極端な例が托卵である。托卵はそれ自体が独自の行動として取り上げられやすいが、これを労働寄生と見なすこともできる[1]。詳細は托卵を参照。
カッコウ科の鳥が有名で、たとえばホトトギスはウグイスの巣に、親がいない時を狙って産卵する。生まれたホトトギスの雛は他の卵や雛を巣の外に押し出して巣を独占し、ウグイスの両親の運んでくる餌を食べて成長する。類似の例は魚類にも見られ、たとえばナマズの一種であるシノドンティス・ムルティプンクタートゥス
の稚魚はマウスブルーダーのシクリッドの口の中で養育される。親が繁殖行動の一環として子のための栄養を蓄えるものの場合、その栄養を狙う動物が出現する例がある。特に注目されるのが昆虫のハチ目のもので、2つの群がある。一つはハナバチ類で花粉と蜜を、もう一つは狩りバチ類でクモやイモムシなどを麻酔して、いずれも巣穴に貯蔵する。これらの中で社会性でない種では、巣穴に餌を貯蔵すると卵を産み付け、巣穴に蓋をする。これを横取りするのが労働寄生者である。この類では近縁種が労働寄生をする例が顕著である。 ハナバチ類は花蜜と花粉を食料とし、巣穴をつくってこれらを貯蔵し、幼虫の食料とする。これを狙うものにやはり近縁のハナバチ類がある。労働寄生性の種はハナバチ類の様々な分類群に散見され、それぞれ独立に進化したらしい。形態的には花粉運搬のための構造を失っているので判別できるが、同時にそれらは往々にして甲冑のような表皮と奇抜な色彩を持つ。その数は種数にしてハナバチ全体の一割にも達する[4]。 たとえばオオハキリバチは典型的な単独性のハナバチで、夏に花粉と蜜で団子を作り、竹筒などを仕切って巣穴としてここに貯蔵する。この種に寄生するハナバチ類としてトガリハナバチ
近縁種の例
この2種の寄生の方法ははっきりと異なる。トガリハナバチはオオハキリバチの営巣を監視し、宿主が不在の間に何度か巣内を確かめて十分な餌が貯蔵されるのを待ち、巣の奥、餌と壁の隙間に卵を産み付ける。次に餌の補給が行われると、この卵は埋もれて見えなくなる[5]。宿主は巣を完成させて産卵して巣を閉じる。寄生者の幼生は孵化すると餌を食べ、途中で宿主幼生を食い殺すらしい[6]。
ハラアカハキリバチヤドリはオオハキリバチが空洞を仕切って複数の巣を完成した直前または直後に侵入し、巣穴を掘り返し、その材料を使い、内部を作り直してあらためて自らの巣を作る。複数の部屋を作り、それぞれに産卵する。その際に宿主のオオハキリバチと衝突した場合、これを攻撃して追い出し、時には刺殺する[7]。 ただし、労働寄生者となるのは近縁な昆虫のみに限られるわけではない。たとえばハナバチの労働寄生者にはおなじハナバチ類の他にツチハンミョウ、ハエ目のものなどがある。ハエ類は巣に卵を産み付けることでこれを行う。 ツチハンミョウは幼虫が花に集まり、そこにやってきたハチの体に乗り移り、ハチが巣穴に産卵する際のその卵に乗り移る。巣穴が封じられると、幼虫は卵を食い、その後に花粉と蜜を食べて成長する。 またツツハナバチ
非近縁者の例
狩りバチの場合も、近縁の狩りバチ系以外にやはり寄生性ハエ類が労働寄生者として存在する。 他にも以下のような例がある。 アリやシロアリなど、大きな社会的集団を作り、規模の大きな巣を作る動物の場合、その巣に住み込んで生活する他種動物が現れる例がある。そのあり方は様々で共生の場合も寄生の場合もあるが、その一部は宿主の餌などを盗んで生活する。その代表的なものの一つであるアリヅカコオロギ類 より広く捉えれば、寄生者が奪うものが餌でない場合、それ以外の有限な資源を奪う場合もこれに含めることができる。たとえば巣材
ハチ以外の例
糞虫類
ダイコクコガネやタマコロガシ
オトシブミ類
オトシブミ類やチョッキリ類の多くは幼虫の餌とするために植物の葉を巻き、そこに卵を産み付けるが、中には他種が巻いた葉に卵を産み付けるものがある。日本ではヤドカリチョッキリが他のチョッキリ類の、オオメイクビチョッキリがゴマダラオトシブミなどの揺藍に産卵する[10]。
集団で作る巣に紛れ込む
その他
特殊な例としてクモではイソウロウグモに宿主の作る網の糸を食う例が知られる。実際に食料として有効であるらしく、種にもよるがその量は小昆虫の餌と比する程度の量に達し、糸だけを餌として与えて幼生を成体にまで育てられた例も知られる[14]。
また、アブラムシが作った虫こぶの組織を専食するガの幼虫についてこの語が用いられた例もある[15]。