加藤康裕
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加藤康宏」あるいは「加藤泰広」とは別人です。

かとう やすひろ加藤 康裕
プロフィール
出身地 北海道小樽市
生年月日 (1965-02-04) 1965年2月4日(59歳)
最終学歴早稲田大学第一文学部
活動期間毎日放送アナウンサー
1988年 - 2017年6月
→事業局コマース事業部長
2017年7月 - 2018年6月
→アナウンサー
2018年7月 - 2019年4月
ジャンルニュース番組
出演番組・活動
出演中本文参照
出演経歴本文参照
備考
2011年7月から2017年6月までは、アナウンサーセンター長を兼務。アナウンサー: テンプレート - カテゴリ

加藤 康裕(かとう やすひろ、1965年2月4日 - )は、毎日放送(MBS)の元アナウンサーで、ティプラムアナウンススクール の代表。

MBSへの在籍中には、2011年7月から6年間アナウンスセンター長を兼務した後に、2017年7月から1年間事業局でコマース事業部長を務めていた。早期定年退職後の2020年からは、気象予報士事務所にも所属。
来歴・人物

北海道小樽市[1] での出生後に、愛知県尾張旭市で生活(本籍は愛知県)。日本各地のラジオ局に向けて受信状況を報告したり、報告を受けた局が発行するベリカードを集めたりするほど、学生時代にラジオ番組を愛聴していたことがアナウンサーを志すきっかけになった。

早稲田大学第一文学部への進学後は、学内の劇団で演劇に熱中する一方で、東京アナウンスアカデミーでアナウンス技術の基礎を積んでいた。同アカデミー経由の依頼で、毎日放送以外の民放テレビ局が制作した2時間ドラマ[2] に、ニュースキャスター役でワンシーンだけ出演したこともある。また、同じ学部に在籍していた福澤朗とは、在学中こそ交流がなかったものの、在京キー局への就職活動を通じて面識があったという(福澤は後にアナウンサーとして日本テレビへ入社[3])。

ちなみに、毎日放送の放送対象地域である関西地方と無縁だった加藤が同局のアナウンサー試験を受けたのは、東京アナウンスアカデミーにカウンセリング担当の職員として勤務していた永井譲治(後に独立して東京アナウンスセミナー[4] を設立)[5] の強い勧めによる。実際には、TBS(現TBSHD)(毎日放送が加盟するJNNJRNの基幹局)のアナウンサー試験も受験。TBSでの選考にも途中まで残っていたが、男性の新人アナウンサーを求めていた当時の毎日放送アナウンサー室長・藤本永治からTBSへの要請を経て、毎日放送に採用されたという。奇しくも、毎日放送への入社が内定していた1987年(第614回放送)には、同期で採用された岩城潤子(現在は他部署へ異動)と共に、TBS制作のクイズ番組『クイズダービー[6] に出場者として登場している。

大学卒業後の1988年4月1日付で、岩城と共に、アナウンサーとして毎日放送へ正式に入社。アナウンサー以外の同期入社組に、テレビ番組プロデューサー本郷義浩中野伸二がいる。入社後は、『4時ですよーだ』『夕方チャンス!』(いずれもMBSテレビ)『MBSヤングタウン』(MBSラジオ)などの若者向け番組への出演を経て、1994年9月から6年にわたって『MBSナウ』(MBSテレビが日曜日以外の夕方に放送していたローカルワイドニュース)のキャスターを務めた。

『MBSナウ』の終了後も、毎日放送ラジオ報道部が制作する報道・情報番組や『ちちんぷいぷい』(MBSテレビ)を中心に、テレビ・ラジオを問わず長らくニュースキャスターを担当。『はやみみラジオ!水野晶子です』以降にニュースキャスターを務めたラジオ番組では、主なニュースの解説など、いわゆる「ニュースデスク」に相当する役割も担っていた。

その一方で、毎日放送アナウンサー室が1995年から毎年開催している朗読イベント(「おはなし夢ひろば」→「コトノハ」)には、第2回(1996年)から第30回(2019年)まで従事。出演しない回でも、企画や運営に携わっていた。「おはなし夢ひろば」の第3回公演(1997年)では、日本国内の舞台作品で初めて、『あらしのよるに』(きむらゆういち絵本)の朗読を実現。2005年東宝で公開されたアニメーション映画版では、毎日放送が出資した関係で、後輩アナウンサーの上泉雄一と共に声優としてワンシーンに出演した。

2011年7月からは、アナウンサーとしての活動を続けながら、毎日放送アナウンサー室のアナウンスセンター長へ就任。就任の直後には、この年に新卒で一般職として採用された福島暢啓を、自身と同期(1988年)で入社した人事部長からの推薦でアナウンサー室へ受け入れた。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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