劉 芒蕩(りゅう ぼうとう、? - 309年)は、西晋末から五胡十六国時代の人物。平陽郡(現在の山西省臨汾市)の出身。 永嘉3年(309年)7月、胡族と結託して馬蘭山で挙兵した。漢王朝の末裔であると称し、皇帝を名乗った。 支胡五斗叟
生涯
9月、南陽王司馬模は乱鎮圧のために配下の淳于定を派遣した。劉芒蕩らは迎撃するも敗れ、ことごとく誅殺された。
参考文献
『資治通鑑』巻87
匈奴
前趙(攣?部)
夏(鉄弗部)
北涼(盧水胡)
鮮卑
段部
慕容部(吐谷渾 | 前燕 | 後燕 | 西燕 | 南燕)
拓跋部(代 | 北魏 | 南涼)
西秦(乞伏部)
宇文部
羯
後趙
?
仇池
成漢(巴?)
前秦
後涼
羌
後秦
宕昌国
ケ至
五胡以外
漢族
東晋
前涼
冉魏
西涼
北涼(段氏)
桓楚
後蜀
北燕(馮氏)
高句麗
北燕(高氏)
丁零
?魏
その他の政権
(僭主)
丘沈
陳敏
劉柏根
胡亢
銭?
杜曾
杜?
王如
虚除権渠
司馬保
句渠知
陳安
慕容仁
侯子光
黄韜
段龕
劉顕 (後趙)
劉芒蕩
杜洪
張?
段勤
張平
王午
蘇林
呂護
劉康
范賁
蕭敬文
梁犢
李弘
李高
姚襄
張育
司馬勲
苻洛
劉顕 (独孤部)
鮮于乞(中国語版)
康寧(中国語版)
劉黎(中国語版)
魏曷飛(中国語版)
法長(中国語版)
張超(中国語版)
苻広(中国語版)
張翹(中国語版)
王始(中国語版)
曹龍(中国語版)
司馬順宰(中国語版)
白亜栗斯(中国語版)
劉虎(中国語版)
曹弘(中国語版)
彭利和(中国語版)