創薬
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創薬サイクルの概略図

創薬(そうやく、: drug discovery)[注釈 1]とは医学生物工学および薬学において薬剤を発見したり設計したりするプロセスのことである[1]

歴史的に、大半の薬剤は、伝統治療薬(生薬)の有効性成分が同定されたり、ペニシリンのように偶然によって発見されたものであった。今日における創薬アプローチは、疾病感作分子生物学生理学の見地で解明された制御機序や、その見地において見出された創薬対象の特性を理解することで薬剤を発見する手法である。

さらに最近は、古典的薬理学治療効果があった物質を同定するために、合成低分子天然物、または抽出物化学ライブラリーを無傷細胞または全生物でスクリーニング(選別)している。ヒトゲノム配列決定により、大量の精製タンパク質の迅速なクローニングと合成が可能になったので、逆薬理学として知られているプロセスで、病気を引き起こすと仮定された生物学的標的に対する大規模化学ライブラリーハイスループットスクリーニングも一般的になってきた。これらのスクリーニングから得られたヒット(薬物候補)は、細胞内でテストされ、その後、動物で効能が評価される[2]

現代の創薬のプロセスは、スクリーニングヒット化合物の同定、合成、およびそれらのヒット化合物の最適化により、親和性、選択性(英語版) (副作用の可能性を低減する)、有効性/効力 (英語版) 、代謝安定性 (半減期を長くする)、および経口バイオアベイラビリティーを高めるための最適化などを行う。これらの試験で有用な化合物を見出すと、前臨床試験医薬品開発プロセスが行われる[3]

このように、現代の創薬は通常、資本集約的なプロセスであり、製薬企業や政府 (助成金や融資保証) による多額の投資を伴う。技術の進歩や生物システムの解明が進んでいるのにもかかわらず、創薬は長期間を要す上に新薬発見の成功率は低い[4]。2010年には、1つの新規化合物の研究開発費は約18億米ドルであった[5]21世紀に入り、基礎的な創薬研究は主に政府や慈善団体が資金を提供し、後期開発は主に製薬会社やベンチャーキャピタルが資金を提供するようになっている[6]。医薬品が市場に出回るためには、いくつかの臨床試験段階を経て、新薬申請と呼ばれる承認プロセスを経る必要がある。

商業的あるいは公衆衛生上の成功をもたらす医薬品を発見するには、投資家、産業界、学術界、特許法、規制上の独占権、マーケティング、そして秘密とコミュニケーションのバランスをとる必要性など、複雑な相互作用が必要となる[7]。一方、希少性が高いために商業的成功や公衆衛生上の効果が期待できない疾患については、希少疾病用医薬品の資金提供プロセスにより、患者が薬物治療の進歩に希望を持つことができるようになる。
歴史詳細は「薬学史」を参照

人体における薬物の効果は、薬物分子と生体高分子 (多くの場合、タンパク質核酸) との特異的な相互作用によって媒介されるという考えから、科学者は、個々の化学物質が薬物の生物学的活性には必要であるという結論に達した。これが薬理学の近代時代の始まりであり、薬用植物の粗抽出物ではなく、純粋な化学物質が標準的な医薬品となった。粗製製剤(生薬)から単離された化合物の例としては、アヘンの活性剤であるモルヒネや、ジギタリス(Digitalis lanata)由来の心臓刺激剤であるジゴキシンがある。有機化学はまた、生物源から単離された多くの天然産物の合成をもたらした。

歴史的には、ある物質が粗抽出物であっても精製された化学物質であっても、生物学的標的が不明のままで生物学的活性のスクリーニングが行われてきた。活性物質が特定されて初めて標的を特定する努力がなされた。このアプローチは古典的薬理学フォワード薬理学[8]、または表現型創薬として知られている[9]

その後、既知の生理学的/病理学的経路を特異的に標的とする低分子が合成され、保存された化合物バンクの大量スクリーニングを回避した。これにより、プリン代謝に関するGertrude ElionGeorge H. H. Hitchingsの研究[10][11]β遮断薬シメチジンに関するJames Blackの研究[12]遠藤章によるスタチンの発見など[13]、大きな成功がもたらさせた。既知の活性物質の化学的類似体を開発するアプローチのもう一人の成功者は、Allen and Hanbury's (後のGlaxo)のDavid Jack卿 (英語版) で、彼は喘息用の最初の吸入選択的β2アドレナリン作動薬、喘息用の最初の吸入ステロイド、シメチジンの後継としてのラニチジンを開拓し、トリプタンの開発を支援した[14]

Gertrude Elionは、主に50人未満のグループでプリン類似体の研究に取り組み、最初の抗ウイルス剤、ヒト臓器移植を可能にした最初の免疫抑制剤 (アザチオプリン)、小児白血病の寛解を誘導した最初の医薬品、重要な抗がん剤、抗マラリア剤、抗菌剤、痛風の治療薬の発見に貢献した。

ヒトタンパク質のクローニングにより、特定の疾患に関連すると考えられる特定の標的に対する化合物の大規模なライブラリーのスクリーニングが可能になった。このアプローチは逆薬理学として知られており、今日では最も頻繁に使用されているアプローチである[15]
創薬標的: 新規および既存

一般に「標的」とは、開発中の薬物が作用することを意図した、病理学的に関心のある天然の細胞や分子構造を指す[6]。「標的」の定義づけ自体は製薬企業内で行われた議論によって形成される[6]。しかしながら、 新規と既存との標的の区分は標的がどのようなものであるかを完全に把握しなくても判別されている。このようにして判別された区分は典型的には製薬企業が創薬や開発に従事している低分子治療薬の区分になっている。2011年からの推計では、435点のヒトゲノム製品がFDA承認薬の治療薬標的として同定された[16]

「既存標的」は健常な状態の生理学的な標的機能も、ヒトの病理学的な標的機能も科学的な理解が良くなされており、長期にわたる発表履歴に裏打ちされている[2]。既存であるということは、薬剤の作用機序が標的の完全に把握された詳細を通じて作用が考察されることをほのめかすわけではない[2]。むしろ、「既存である」ということは直接的にはそれぞれの機能に関する情報について標的を取り巻く情報の量の多い少ないに関連している。

多くのこの種の情報は利用可能であるが、それに対して(通常は)各標的に対して臨床的な開発を施すための資金には限りがある。この種の機能情報を集約するプロセスは、製薬業界用語で「ターゲットバリデーション」(target validation)と呼ばれる。製薬企業が内部的に所有しているものも含めて、既存の標的は過去に医薬品開発の活動の積み重ねに経験付けられている。たとえばこのような経験の積み重ねは標的に対して低分子治療薬の化学的開発実現性に関する情報を提供する。そして他社へのライセンス供与の機会を提供し、低分子治療薬候補を考慮する際にその経験が選択の幅を提供する。

一般には、「新規標的」は創薬活動の主題としてなった標的のうち「既存標的」以外のものすべてである。典型的には新規標的は、新規に発見された蛋白質であったり、基礎研究により新たに機能が判明した蛋白質などが含まれる。創薬において今日選択される主な標的は蛋白質である。それらの蛋白質クラスの2つの主流は次のものである:Gタンパク質共役受容体(GPCR)とプロテインキナーゼである[17]
スクリーニングとデザイン


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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