制限酵素
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制限酵素(せいげんこうそ、英:Restriction enzyme; REase)は、制限部位として知られるDNAの特定の配列部位の内部、あるいはその近くでDNAを特異的に切断する酵素の一種である[1][2][3]。制限酵素はDNA切断活性を持つエンドヌクレアーゼと呼ばれる酵素群のうちの1つであり、特に制限エンドヌクレアーゼとも呼ばれる。タンパク質の複合体構造やDNA基質の認識部位、切断位置などの点から、一般的には5種類に分類される。すべての制限酵素は、DNA二重らせんの各糖リン酸骨格(つまり主鎖)を切断する活性を持つ。

制限酵素はバクテリア古細菌などの原核生物において広く見られる酵素であり、ウイルス感染に対する防御メカニズム(制限修飾系)に関わっている[4][5]。このシステムでは、制限消化と呼ばれるプロセスにより、原核生物の細胞内で制限酵素が外来DNAを選択的に切断する。一方で宿主のDNAは、ゲノムDNAを修飾酵素(メチルトランスフェラーゼ)などで事前に化学修飾を施すことで、制限酵素によるDNA切断をブロックして自身のDNAを保護している。これらの2つのプロセスが一緒になることで、制限修飾システムが形成される[6]

2005年までに、250以上の異なる配列特異性を表す3,600以上の制限酵素が知られている[7]。これらのうち3,000以上が詳細に研究されており、800以上が試薬として今までに市販されてきた[8]。これらの酵素は、実験室でのDNA切断に日常的に使用されており、制限酵素は今日の分子生物学において必要不可欠なツールとなっている[9][10][11]。具体的には、分子クローニングや遺伝子組み換え、制限地図の作成、RFLPの解析などに用いられている。

制限酵素は、おそらく共通の祖先から進化し、遺伝子の水平伝播を介して広まったと考えられている[12][13]。また、制限酵素は利己的な遺伝子要素として進化してきたという説もある[14]
歴史

制限酵素という用語は、制限修飾系によってλファージなどのバクテリオファージ原核生物への感染を防御される(ファージの感染が宿主によって「制限」される)現象を調べた研究に由来している[15]。この現象は、1950年代初頭にサルバドール・ルリア、ジャン・ヴァイグレ、ジュゼッペ・ベルターニらによって行われ、最初に確認された[16][17]。この研究において、大腸菌のある任意の菌株(例えば大腸菌C株系統)でよく増殖するバクテリオファージを別の大腸菌株(例えば大腸菌K株系統)で培養させると、その収量が大幅に(3?5桁程度)低下することが示された。この例では、λファージにとって大腸菌Kは制限宿主であり、λファージの生物学的活性を低下させる能力を持っていることが示唆される。同様に、ある細菌株でファージが定着すると、他の細菌株ではそのファージの増殖能力が制限されることも分かった。その後、1968年に、スイスヴェルナー・アーバー (Werner Arber) やアメリカハミルトン・スミス (Hamilton Othanel Smith) によって、この感染の制限はファージDNAの酵素的な切断によって引き起こされることが示され、関与する酵素は制限酵素と呼ばれるようになった[18][19][20][21]

この時にアーバーとメセルソンによって研究された制限酵素は、認識部位からランダムにDNAを切断する、いわゆるI型制限酵素であった[22]。1970年、ハミルトン・O.・スミス、トーマス・ケリー、ケント・ウィルコックスは、インフルエンザ菌から最初のII制限酵素であるHind IIを分離し、酵素学的な特性を明らかにした[23][24]。このタイプの制限酵素は、認識配列の部位で厳密にDNAを切断する機能を持っているため、分子生物学のツールとして有用であった[25]。その後、ダニエル・ネイサンズ(Daniel Nathans)とKathleen Dannaは、ポリアクリルアミドゲル電気泳動を使用して、制限酵素によって切断されたシミアンウイルス40 (SV40)DNAは、特定の長さの断片に離できるが生成されることを示した。このことはすなわち、制限酵素はDNAのマッピングにも利用することができることを示している[26]。制限酵素の発見と特性評価におけるこれらの功績により、1978年のノーベル生理学・医学賞ヴェルナー・アーバーダニエル・ネイサンズハミルトン・O・スミスに授与された[27]。制限酵素の発見によりDNAの操作が可能になり、組換えDNA技術の開発が進んだことで、例えば糖尿病患者が使用するヒトインスリンタンパク質の大規模生産など、多くの用途に繋がった[28][29]
認識部位パリンドローム(回分構造)の認識サイトでは、両方の鎖が同じ方向(5' -> 3')で制限酵素に認識されるため、主鎖と逆鎖でそれぞれ同じように酵素に認識される。

一般的な制限酵素は、特定のDNA配列を認識し[30] 、その付近あるいはその配列内部でDNA二本鎖を切断する。認識部位の塩基数が一般的に4?8塩基程度のものが多い。この認識配列の塩基数は、ゲノム上に出現する制限酵素サイトの頻度にも影響を与える。例えば4塩基認識部位の場合、理論的には4^4=256bpに1回の頻度でゲノム上に制限酵素サイトが出現することになり、6塩基認識部位の場合は4^6=4,096bpごとに1回、8塩基認識部位では4^8=65,536bpに1回出現することになる[31]

認識部位にはパリンドローム(回文配列)のものが多く見られる。この場合、認識サイトは主鎖と逆鎖の両方で制限酵素に認識されることになる[32]。理論的に可能なパリンドローム配列としては、2つのタイプがある。1つ目は、鏡のような回文であり、例えばGTAATGといった配列のように、同じDNA鎖で前方から読んでも後方から読んでも同じ配列となる場合である。他方で、逆方向反復パリンドロームと呼ばれる配列では、例えばGTATACの配列のように、相補的な関係にあるDNA鎖において、同じDNA方向(5' -> 3')から読むと主鎖も逆鎖も同じ配列になる[33]。後者の逆方向反復パリンドロームは、鏡パリンドロームよりも一般的にゲノム中に見られ、生物学的にも重要である。

同じ配列を認識するさまざまな制限酵素は、ネオシゾマーと呼ばれ、これらは異なる切断サイトを持つ場合がある。ネオシゾマーのうち、同じ配列を認識し同じ箇所で切断する酵素はイソシゾマーと呼ばれる。
平滑末端(ブラント・エンド)

SmaIなどが知られる。

粘着末端(スティッキー・エンド)

EcoRIなどが知られる。

種類

すべてのタイプの制限酵素は、特定の短いDNA配列を認識し、DNAエンドヌクレアーゼによる切断活性により、末端に5'-リン酸を持つようなDNAフラグメントを生成する。天然に存在する制限酵素は、そのタンパク質構造や酵素補因子の要件、認識配列、およびDNA切断部位の位置に基づいて、大きく4つのグループ(タイプI、II III、およびIV)に分類されている[34][35][36][37][38]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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