利用者‐会話:Takabeg
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利用者‐会話:Takabeg/Eski Mesajlar 1
2年前のコメント依頼について

2年ほど前のWikipedia:コメント依頼/Takabegについて、「そのコメント依頼は全く読んでいませんし、今でも改名は100%正しいと確信しています。」というのはあんまりな態度ではないでしょうか。確認したところ、少なくとも長期ブレイクなさったのは2016年6月ですから、利用者‐会話:Takabeg/Eski Mesajlar 1#コメント依頼のまとめでのぱたごんさんのコメントもご存じだったはずです。それに一切答えずに今になって、ぱたごんさんを残念な利用者呼ばわりというのは、随分と失礼ではないでしょうか。その上でご自分が正しいから読んでいないと断言なさるのは、確信的に対話拒否を採った、としか解釈しようがありません。

議論当事者のコメントは差し引くにせよ、それ以外の利用者からも問題視される行動があったにもかかわらず(特にAshtrayさんなどは極めて不誠実だ、とかなり強く批判していました)、それについての説明を拒否してブレイクし、数年たって何も間違っていなかったと開き直って復帰、というのはあまり感心いたしません。また、あのコメント依頼にいっさい反応しないのだ、という姿勢を貫くのであれば、私が言及した際にも黙殺なさればよかったはずです。わざわざ、あれは自分の方が100%正しかった、などとだけ今になって主張する意図が分かりません。

Wikipedia:投稿ブロックの方針#コミュニティを消耗させる利用者には、「利用者の行動のルールを、複数の別の利用者からたびたび説明されても理解しようとしない利用者は、コミュニティを消耗させる利用者として、理解できると思われるまでの期間ブロックされます」とあります。ご自分が正しいと信じる場面ではそもそも他者の意見をいっさい読まない、などという姿勢を取っていれば、この条項に抵触する危険性は当然に高まります。よそでの「自爆者」について言及なさっていましたが、あなた自身がご自身の賢さに足を取られることがないようにと、老婆心からご助言申し上げます。--Sumaru会話) 2018年6月23日 (土) 18:09 (UTC)[返信]
エラー修正の御願い

満州事変日清戦争がエラーとなっているので、修正御願いします。エラー内容は各記事の出典節を御覧下さい。--JapaneseA(会話) 2019年4月10日 (水) 14:26 (UTC)[返信]Takabeg(会話) 2019年4月10日 (水) 14:31 (UTC)[返信]
署名についてのお願い

こんにちは。
ノートページでの発言の後ろにつける
署名は,ハイフン2つの後ろにつけて--~~~~とするのが慣例となっています。編集画面の署名アイコンを押しても入力できます。「発言部分との区別をつけ,読みやすくする」という理由があってのことですので,ぜひお願いします。それでは。 -- Sho.miz - talk/log 2019年5月6日 (月) 13:28 (UTC)[返信]了解。Takabeg(会話) 2019年5月6日 (月) 13:29 (UTC)[返信] 返信 いや、了解といったそばからつけてないでしょう。ウケを狙ってるんでしょうか。ふざけないでください。わざわざ慣例に逆らうからには当然よほどの理由があるのでしょう。お教えください。 -- Sho.miz - talk/log 2019年5月7日 (火) 07:27 (UTC)[返信]

対話拒否はやめてください。これ以上続ければ、ウィキペディアの編集ができなくなる投稿ブロックの対象となります。ご注意ください。都合が悪くなったからと言って逃げ出さないでください。 -- Sho.miz - talk/log 2019年5月8日 (水) 07:40 (UTC)[返信]

横から失礼します。Sho.mizさんご自身が「慣例」とおっしゃっているのに、それに沿わない署名だからといって対話拒否だの投稿ブロックだのと、ちょっと興奮しすぎではないでしょうか。--ホーリーブライト会話) 2019年5月8日 (水) 12:45 (UTC)[返信]

返信 確かに客観的に見ると私がたかが署名のハイフンくらいでいちゃもんつけてるように見えますね。誤解を招く表現でした。つまり,私が言いたいのは"了解"と言っておいてまさにそのコメントでハイフンを付けていないのはよほどの理由があるのでしょう,ということです。流石にハイフンつけないくらいでは対話拒否などと言いません。単に質問に答えずに他の編集を続けているので{{subst:talk reject}}を貼ったまでです。失礼しました。 -- Sho.miz - talk/log 2019年5月8日 (水) 13:03 (UTC)[返信]


一連の削除について

私の削除に関してノートへの投稿を提案されていますが、私がノートに何も書いていないのはたんにノートで議論するまでもないと判断した部分しか削除していないからです。ですのでノートでの議論が必要だと考えているのならそれはTakabegさんのほうからお願いします。--Ahirudaisuki会話) 2019年5月7日 (火) 09:47 (UTC)[返信]
返信いたします

今回、Takabeg様からの御指摘を頂きまして単刀直入に申し上げますと、ウィペディアのルールとされるものには必須の原則とされる「五本の柱」、一定の基準とされる「方針」、ただの推奨である「ガイドライン」の三段階が存在しています。僭越ながら調べました所、Takabeg様が要望なされている出典を明記するは「ガイドライン」内の一項目でありまして、失礼ながら基本的ルールに相当するものではないと考えます。故に出典明記の要望はTakabeg様の「私論」という事になってしまうのではないかと思われますので「私論」には慎重に従うべきだとウィキの方にもあります。それが反復される状態まで及んだ場合は「五本の柱」にある「行動規範がある」と「ウィキに確固たるルールはない」という二つの原則に反する事にもなりかねません。恐れながら「出典の明記」は検証可能性を裏付けるものでは断じてありませんし、またそれが独自研究ではない事を証明するものでも断じてないと考えます。むしろ出典(ガイドライン)は、それより重視すべき検証可能性(方針)と独自研究を載せない(方針)を却って損ねてしまう類のものではないかと危ぶんでおります。何故ならほとんどの出典先は紙媒体に依存されてるのが現状であり、またそうでないと暗にたしなめられるのも現状で、結果的にそうした出版物自体も著者の独自研究と同義の可能性がどういう訳が軽視されてるからです。同じ内容を書いてもネットは駄目で出版物なら正しいはただのブランド信仰であり「五本の柱」の中立的観点にも相反しています。また出典とされた著作物をしっかり熟読精査する閲覧者が実際にどれだけいるでしょうか。むしろwiki本文から出典著作に責任転嫁されてしまう事で文章自体の検証に手を出し難くなるという事例もあり、これでは出版物ブランドと記述内容の重みを履き違えた本末転倒の事態となります。むしろそれを恣意的に利用しようとする人も出てきかねません。結果的にネットから切り離された紙媒体を神聖視させる事にもつながる出典明記(ガイドライン)はやり方によっては幾らでも恣意的利用が可能なものであり、それより重視すべき検証可能性(方針)と独自研究排除(方針)を実現する為にも使用または多用は戒めるべきであると考えております。勿論、これも当方の「私論」となりますので、これに賛同されるかどうかはTakabeg様の自由でありますが、同様に当方も自由な立場からただの推奨であるガイドラインの出典明記項目に対してはその恣意的利用を危惧する観点からあえて反対の方針を貫かせて頂き「五本の柱」にある中立的観点記事と「方針」にある検証可能性および独自研究の排除の履行を重視したいと考えてます。何より重視すべきは「五本の柱」の一つウィキペディアには行動規範がありますです。当方は幅広い文献から蓄積した極めて一般的な歴史事象を歴史教科書さながらの年号付記と併せてたんたんと簡潔に連ねていくスタイルで独自研究が入り込む余地を無くし、また検証可能性を残しているつもりです。当方は文章内容の構造化を研鑽する目的の一環でウィペディアの編集作業にお邪魔させて頂いておりますので文体の稚拙さについては汗顔の至りでありますが、それ故に稚拙だからこそ容易に検証可能であり、また独自研究の除外に繋がっていると考えてます。--Goldensundown2会話) 2019年6月26日 (水) 13:48 (UTC)[返信]出典は必要に応じてつけます。つけてる記事もあります。それは誰それがこう言ってたなど明確に文章内容と出典著者が対比される場合というのが当方の信条でありポリシーです。重ねて申し上げますが、出典の明記はガイドライン内の一項目です。ガイドラインの定義は「多くの利用者に支持されている、最善の方法(ベストプラクティス)を集めたものです。編集者はガイドラインに従うように推奨されますが、それについては常識に基づいて判断し、個別の事情に応じて例外を適用してもかまいません。ガイドラインが方針と衝突する場合には、通常は方針を優先します。」となっておりますので、少なくとも基本的ルールではないと思われます。これについてのTakabeg様の所見をお聞かせくださいますようお願い申し上げます。--Goldensundown2会話) 2019年6月26日 (水) 15:20 (UTC)[返信]確かにTakabeg様の仰る通り、出典が無さ過ぎるのも読んでる側にストレスを与えかねず問題でしたのでこれからは可能な範囲で出典ないし引用をパラグラフ単位で付加したいと思います。既存の記事についても一斉には無理ですが、出来る限り少しずつ参照元を付加していきたいと思います。当方の場合はオンライン媒体が中心になると思います。出典無しの記事は主にwiki外国語版からの翻訳になってますが、これは止むを得ない事だと考えてます。出典明記はデタラメ抑止の為の貴重な建前として受け止めており、出典が付けれないから翻訳も駄目では記事追加編集のフリーさにかなりの支障をきたすのではないでしょうか。御存知の通りですが、wikipediaの最大原則である五本の柱には「ウィキペディアには、確固としたルールはありません」「ウィキペディアの利用はフリーで、誰でも編集が可能です」とあります。これは「方針」よりも上位に立ってます。これを持ち出してしまうと不毛な水掛け論になるのであえて言及しませんでしたが、同時に検証可能性の説明内で言及されている出典明記が、どうして単独ではガイドラインの方に含まれているのかという、この矛盾したルール構造についても御一考くださいますようお願い申し上げます。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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