利用者:DecKeYE
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DecKeYE(でっくあい)とは、北海道函館市出身・在住のウィキペディアン1986年(昭和61年)生まれ。埼玉県志木市東松山市神奈川県横浜市北海道函館市と転々と移動。基本的には浅く広く記事を起こすことが多い。細かい追加などもよく行う。総論的なものを書くのはあまり得意ではない。ただしイベント参加時などは書くこともしばしば。

DecKeYE

この利用者は日本人です。

jaこの利用者は日本語母語としています。

この利用者は北海道の出身です。

この利用者は北海道在住です。

1986年生この利用者は1986年生まれです。

この利用者はTwitterユーザーです。ユーザー名は@deckeyeです。

この利用者はウィキプロジェクト 日本の町・字に参加しています。

函館市に関する内容を中心に、映像関係の技術についてWikipediaで調べることがある。
やってること

Code for Hakodate

Wikipediaタウン函館

やりたいこと

FMいるかの記事の充実(開局の経緯を充実させたい ⇒ peeps にて詳細記事あり)

Wikipedia登山函館

函館市海岸町にある「津和野街道」の由来調査

https://twitter.com/laurel_snow/status/1541427118440980480?t=O0oaxcf9v65_Z1plK29wkA&s=19

やり終わったこと

シネマアイリスの記事用写真の撮影

バチェラー記念館の記事作成

庵原?斎 のスタブ記事作成・・・亀尾や湯川で活躍した偉い人。ちょこちょこいじっていきます。

作業場所
鷲巣村もしくは高松町(函館市)

上湯川沿革 高松町(鷲巣村)本村は上湯川村・鷲巣村の2ヶ村より成りたることあり。其鷲巣村なるは安政元年、水戸藩士庵原良富の御手作場を設けたる処なるを、明治元年其村名を設け独立の一村となりたるも明示11年4月之を廃止し元鷲巣村と係る区域を明示16年4月銭亀沢村に分割せしものなり。当村起源は今を去る約400年以前南部「ヲコヘ」と称する処より・・・・・・(略)

http://www.pref.hokkaido.lg.jp/sm/mnj/digital/chosonshi/top.htmhttp://www.bunsho.pref.hokkaido.lg.jp/1113001/kokai/monjokan/211Boshi/211Boshi004/211Boshi004_014_003.pdfhttp://www.bunsho.pref.hokkaido.lg.jp/1113001/kokai/monjokan/211Boshi/211Boshi004/211Boshi004_014_004.pdf

函館支庁管内町村誌 (大正7年8月仮製本) 其四 後編 各町村誌町村名 大野村(現北斗市)、七飯村(現七飯町)、亀田村(現函館市)、湯川村(現函館市)、銭亀沢村(現函館市)、戸井村(現函館市)、尻岸内村(現函館市) ※目次には椴法華村が記載されているが、本文はない。
著作権肖像権所有権、行政や各種機関のオープンデータ化と、その前段としての個別のオープンデータとしての活用

いずれ、どこかに記事にしてまとめたい。

金沢市では、オープンデータ画像のギャラリーサイトを設置している。 ⇒http://open-imagedata.city.kanazawa.ishikawa.jp/

北海道森町(もりまち)では、オープンデータ画像を町内のストレージに保存せず、Wikimedia Commons (Wikipeidiaの本体が持っている、オープンデータ画像共有サイト)に保存することで、広い利用を促しながら、管理コストの圧縮を行えている。 https://commons.wikimedia.org/wiki/Category:Mori,_Hokkaido https://www.town.hokkaido-mori.lg.jp/docs/2014101000041/#%E5%85%AC%E9%96%8B%E4%B8%AD%E3%81%AE%E3%83%87%E3%83%BC%E3%82%BF

石川県能美市が提唱する「ウルトラアート」は、クリエイティブコモンズなどで著作権を有しながらもシェアを明示的に認めるという「シェアアート」の考え方を軸に、アートを世界に発信・循環させることを目的としています。 ⇒http://ultraart.jp/ https://twitter.com/nomi_ultraart

自分の住む地域が好きな人にWikipeidiaの編集の仕方を教えたら、1か月でここまでできました。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%B3%E7%AA%AA_(%E6%9D%B1%E4%B9%85%E7%95%99%E7%B1%B3%E5%B8%82)#cite_ref-area_1-0 福井県立図書館のデジタルアーカイブ 文書館は、運営の都合上、まだ全対象作品のオープンデータ化は作業量的に難しいので、個別で要望のあったものからWikimedia Commonsへのアップロード・オープンデータとしての仕様の許可を出している。Wikimedia Commonsの「OTRS」の管理者に許可メールを送ることによって、Wikipeidia上で限定的に利用可能となる。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E5%85%AD%E8%B1%AA%E9%9B%AA#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:S56heavysnowfall_79767.jpg

画像のアップロートの手順は、「OTRS」のページに端的にまとまっていて使いやすい https://commons.wikimedia.org/wiki/Commons:OTRS/ja

Wikimedia Commonsにある画像を使うときに記述する文面のジェネレーター https://lizenzhinweisgenerator.de/?lang=en

大場源蔵

遠い親戚らしい。1919年(大正8年)の函館毎日新聞に松前の神社(松前神社?)の社掌として挨拶の広告が載っていたそう。要調査。
道南口説節

権利的なチェックと、出展探し。佐々木基晴も参考になる。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E3%80%85%E6%9C%A8%E5%9F%BA%E6%99%B4
オルレアン84 の記事作成

椴法華村(現・函館市)で展開された現地の若者たちによるまちおこし活動?村史含め、ネット上の資料が少ないので、新聞記事を当たる必要がありそう。https://trc-adeac.trc.co.jp/WJ11E0/WJJS06U/0120205100/0120205100100070/ht080260https://blog.goo.ne.jp/choshibeach/e/53b77488fe163e1e2191b0f6856fee09
二海郡ならびに八雲町絡みで

以下、聞いた話なので要検討。

よく報道で「八雲町は太平洋と日本海に面した唯一のマチ」という表現があるが、自治体という意味であれば、関門海峡沿岸の自治体、青森県東通村、旧椴法華村(平成16年に合併して函館市)、これに次いでのものである。(なお、合併によって函館市は本州に一番近い自治体にもなったということだ。)

太平洋と日本海の境界線は恵山岬と尻屋崎を結ぶ線。つまり津軽海峡は日本海であり旧椴法華村も対岸のも太平洋と日本海に面した自治体である。

なお、国際水路機関(IHO)が、業務上の便宜のために"いかなる法的、政治的意味を含むものではない"とコメントして定めた区分では、日本海と太平洋の境界として恵山ポイントと尻屋ポイントを結んだ線となっているそうだが、原典が見つけられない。https://www1.kaiho.mlit.go.jp/KAN2/soudan/q_and_a.html
ペンギンズバレー

寒川部落(寒川集落)に向かう途中にあったカフェ。今は廃墟。独立記事となりうる要素は無いかもしれない。
寒川部落もしくは寒川集落

「寒川」大淵玄一 著「寒川集落」中村光子、古庄紀子 著函館には同和問題の影響が薄いからか、「集落」の意味合いで「部落」と使う例をよく耳にする。現代でいえば「地区」にあたるのだろうか。
大淵玄一について

函館の地理と歴史に関する著述がみられるが、どういった人物かは謎なので調べてみる。Webcat Plus ( ⇒http://webcatplus.nii.ac.jp/webcatplus/details/creator/515322.html)によると、寒川の著述もあるらしい。
釜場沢について

かつての函館市上湯川町域に存在した字名。「釜場沢1号橋(1977年架設、市道上湯川17号線)」「釜場沢2号橋(1977年架設、上湯川18号線)」「釜場沢4号橋(1968年架設、上湯川団地線)」「釜場沢5号橋(1968年架設、上湯川42号線)」「釜場沢6号橋(1968年架設、上湯川トラピスチヌ線)」「市道釜場沢線(現在の上湯川団地通?)」、亀尾鱒川線「竈の沢橋」も調べてみる。

「上湯川町遺跡発掘調査報告書」(1982.03.15) も読み込んでみる。行政発行物はなかなかアテが見つからないことが多いので、出てきてくれて助かった。編著者:田原 良信・野辺地 初雄編集機関:函館市・函館市教育委員会発行機関:函館市・函館市教育委員会
函館市立根崎公園について

かつての地図には「ミンク」とあったので、経緯がわかる資料がないか調べてみる。
函館市橋梁長寿命化修繕計画について

以下、URLの内容を追います。以下転載。

https://www.city.hakodate.hokkaido.jp/docs/2014031800278/

2019年4月26日函館市橋梁長寿命化修繕計画について函館市が管理する道路橋は253橋あります。(平成31年3月末時点)

このうち多くの橋が高度経済成長期に建設されており,老朽化対策が課題となっているため,これまでの「損傷が発生してから対応する事後保全型」から「損傷を把握して計画的に対応する予防保全型」の管理へと転換することにより,橋の長寿命化ならびに維持管理費の縮減を図るため,平成26年3月に「函館市橋梁長寿命化修繕計画」を策定し,計画に基づき修繕を行ってまいりました。

今回,当初作成した計画から5年が経過したこと,平成26年7月の道路法施行規則の改正により,5年に1度の頻度で近接目視により行うこととなった点検の1巡目が全橋梁完了したことから,「函館市橋梁長寿命化計画」の見直しを行いました。
亀田郡湯川村大字下湯川村字芳堀について

インターネット上で見つからない住所だったため、函館市中央図書館のレファレンスに相談。函館市中央図書館所蔵の『函館詳図』(小島大盛堂、1929年)にて、現在の函館市花園町近辺ががそれにあたることを確認。


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