出雲族
[Wikipedia|▼Menu]

この記事には複数の問題があります。改善ノートページでの議論にご協力ください。

出典がまったく示されていないか不十分です。内容に関する文献や情報源が必要です。(2018年9月)


脚注による出典や参考文献の参照が不十分です。脚注を追加してください。(2018年9月)


独自研究が含まれているおそれがあります。(2018年9月)
出典検索?: "出雲族" ? ニュース ・ 書籍 ・ スカラー ・ CiNii ・ J-STAGE ・ NDL ・ dlib.jp ・ ジャパンサーチ ・ TWL

出典は列挙するだけでなく、脚注などを用いてどの記述の情報源であるかを明記してください。記事の信頼性向上にご協力をお願いいたします。(2018年9月)

出雲族(いずもぞく)は、古代の出雲地方に存在したという説のある種族[1]出雲神話の担い手として想定されている[1]

出雲地域からは大量の銅鐸銅剣などが出土した遺跡もあり、実際に古代に何らかの勢力が存在したとされている。目次

1 概要

2 地祇系

2.1 概要

2.2 構成神

2.2.1 系図

2.2.2 異説

2.2.3 『古事記』の系譜



3 天孫系

3.1 概要

3.2 構成神

3.2.1 系図



4 諸説

5 脚注

5.1 注釈

5.2 出典


6 参考文献

7 関連項目

概要

出雲族と呼称される著名な家系としては、須佐之男命の子孫(十七世神)で地祇系・海神族に属する一族と、天之菩卑能命の子孫で天神系・天孫族に属する一族の2つがある。前者は出雲の国譲りを行った一族で、後者は熊野大社杵築大社の祭祀をつかさどった出雲国造の家系とする。しかし、龍蛇信仰民の海神族に属する系統と熊鳥信仰の天孫族に属する系統の氏族を共に出雲族と呼称することには疑問が大きく、宝賀寿男は「出雲族」、「出雲神族」という呼称に対しても、その行動範囲や居住地(九州→出雲→播磨→大和)から適切な呼び方ではないとしている[2]。また須佐之男命の実態は天孫族の始祖的な位置にあり、これを海神族の始祖とするのは種族的、系図的[注釈 1]、神話的[注釈 2]に不可能であるとする[3]
地祇系
概要

古事記』によれば、高天原より追放(神逐)されて出雲に降りた(『日本書紀』では朝鮮半島の新羅の曽尸茂梨に降臨して、土船で出雲国に渡ったとする説がある。)須佐之男命(素戔嗚尊)は、八俣遠呂智(八岐大蛇)に食べられそうになっていた櫛名田比売命(奇稲田姫)を助け、結婚して子の八島士奴美神(八嶋篠、八嶋手)を生んだ(『日本書紀』には八嶋篠を生んだとする説と、大己貴神を生んだとする説がある)。その子孫(または御子神)の大国主神少名毘古那神大物主神と共に葦原中国の国造り・平定を(大国主の国づくり)したが、のちに高天原の天津神達(天照大御神)に国を譲って(出雲の国譲り)隠れたとされる。なお『古事記』には童話などで有名な因幡の白兎や、須佐之男命の試練(大国主神の神話)などの物語が収録されているが、『日本書紀』にこれらの物語は収録されていない。
構成神

特記以外は『日本書紀』による。血縁関係(「父」、「子」など)は大己貴神から見た関係を示す。ただし『出雲国風土記』にのみ記載される神名もあるため、詳細は大国主を参照。

(父)素戔嗚尊(すさのお の みこと、『古事記』では須佐之男命)天照大神の弟だが、高天原より追放されて出雲に降臨し、八岐大蛇を退治した。のちに根国へ行った。

(母)奇稲田姫(くしなだひめ、『古事記』では櫛名田比売)脚摩乳(『古事記』では足名椎)の娘。八岐大蛇に食べられそうになっていたが素戔嗚尊に助けられ、その妻となった。

大己貴神(おおなむち の かみ、『古事記』では大穴牟遅神、大国主神、八千矛神、宇都志国玉神、葦原醜男)上の二神の間に生まれた子。


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:51 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef