この項目では、新潟県にある駅について説明しています。
福島県にあった駅については「内野駅 (福島県)」をご覧ください。
埼玉県にあった路面電車停留場については「内野駅 (埼玉県)」をご覧ください。
福岡県飯塚市にあるの駅については「筑前内野駅」をご覧ください。
内野駅
南口(2020年6月)
うちの
Uchino
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所在地新潟市西区内野町[1].mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯37度51分29.60秒 東経138度56分11.52秒 / 北緯37.8582222度 東経138.9365333度 / 37.8582222; 138.9365333
内野駅(うちのえき)は、新潟県新潟市西区内野町にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)越後線の駅である[1]。 かつては1番線側に駅本屋、2番線側に学校口駅舎が設置されており、それぞれの駅舎に自動券売機、自動改札機が設置されていた。なお、学校口駅舎には駅員が配置されていなかった(改札機に隣接して自動精算機が設置されていた)。キオスクも駅本屋内に設置されていたが、2011年3月27日をもって閉店し公衆電話とコインロッカーとともに撤去された。 旧駅舎の老朽化が進んでいたため、橋上駅に改築され、自由通路が設置された他、路線バスが乗入できるよう駅前広場が拡張され、内野小学校と結ぶ歩道橋「内野さくらロード」も新設された[14]。これらは新潟市の「にいがた交通戦略プラン[16] 」において策定されたものであり、総事業費は25億円[14]。 利用者には、改築後の駅舎のデザインを決めるアンケートも行われた[17]。当初の竣工時期は2012年度を目処としていたが、その2012年10月にようやく仮駅舎を建設する工事が開始された。仮駅舎は2013年2月16日より供用され、その後橋上駅舎の工事が本格化、橋上駅舎は2014年9月27日より供用開始された[13]。供用開始当日午前10時より開業記念式典が行われ、内野小学校の児童が演奏を披露した。駅前広場を含む全体の竣工は2017年3月26日に行われた[14]。
歴史
1912年(大正元年)8月25日:越後鉄道吉田 - 白山間開通時に開設[1]。
1927年(昭和2年)10月1日:越後鉄道が国有化[3]。鉄道省越後線所属となる[3]。
1971年(昭和46年)
11月1日:貨物取扱廃止[1][4]。
11月4日:旧駅舎使用開始[1][5](2013年2月まで使用)。
1978年(昭和53年)
7月10日:同年6月26日の水害に伴い越後赤塚 - 当駅間の新川に掛かる鉄橋の橋桁が損傷。新潟市立内野中学校前に仮乗降場を設置し徒歩連絡[6][7]。
8月10日:復旧。
1984年(昭和59年)2月1日:荷物扱い廃止[8]。
1987年(昭和62年)
1月18日:みどりの窓口開設[9]。
4月1日:国鉄分割民営化に伴い、東日本旅客鉄道(JR東日本)の駅となる[3]。
1988年(昭和63年)7月2日:学校口(裏口)オープン[10]。
2004年(平成16年)12月9日:自動改札機使用開始[11][1]。
2006年(平成18年)1月21日:ICカード「Suica」の利用が可能となる[12]。
2011年(平成23年)3月27日:売店「KIOSK」撤退。公衆電話、コインロッカーについても撤去。
2013年(平成25年)
2月16日:駅舎改築に伴う仮駅舎の供用開始。
10月:業務委託化。
2014年(平成26年)9月27日:橋上駅舎の暫定供用開始[13]。
2015年(平成27年)4月:仮駅舎解体並びに1番線と2番線を繋ぐ旧跨線橋撤去。
2017年(平成29年)3月26日:駅周辺整備事業竣工[14]。前日の新潟交通ダイヤ改正により南口ロータリーへのバス乗り入れ一部開始[15]。
2024年(令和6年)
1月31日:みどりの窓口営業終了[2]。
2月1日:話せる指定席券売機を導入[2]。
橋上駅舎化