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ニックネームうっちー、うっちゃん、かっちゃん
生年月日 (1960-08-22) 1960年8月22日(63歳)
出身地大阪府大阪市西成区
血液型B型
身長161 cm
言語日本語
方言大阪弁
最終学歴大阪府立東住吉工業高等学校
師匠花紀京
出身NSC大阪校1期
事務所吉本興業
活動時期1982年 -
同期ダウンタウン
トミーズ
ハイヒール
ジミー大西
現在の代表番組よしもと新喜劇
過去の代表番組夕焼けの松ちゃん浜ちゃん
なんじゃそら三人組
他の活動俳優
配偶者未知やすえ
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内場 勝則(うちば かつのり、1960年〈昭和35年〉8月22日 - )は、日本のお笑いタレント、喜劇俳優、俳優。吉本新喜劇元座長の座員。
大阪府大阪市西成区出身。吉本興業所属。身長161 cm、血液型B型。妻は同じく吉本新喜劇座員の未知やすえ(芸歴では、やすえの後輩にあたる)。
愛称はうっちー、うっちゃん、かっちゃん。大阪府立東住吉工業高等学校卒業。ダウンタウン、トミーズ、ハイヒールと同じ大阪NSC1期生。 1983年2月、NSC在学中に島田紳助演出・主演の舞台『西日のあたる西表山猫のすみか』にエキストラとしてキャスティングされていたが、主役だった松本竜介のセリフ覚えが悪かったため、セリフを覚えていた内場が紳助によって急遽主役に抜擢された。NSCを卒業した後は、演劇ユニット「劇団インスタント」のメンバーとしてなんば花月などの舞台に出演していた。 1985年からは花紀京・岡八郎・木村進・間寛平らが主力だった吉本新喜劇の舞台で活動するようになる。 1989年、「吉本新喜劇やめよッカナ?キャンペーン」で座員リストラの対象となり、同じく座員で1年先輩の未知やすえと漫才をするよう指示を受けたが2人は同意せず、結果として新喜劇に残留することとなった。内場は当初同意するつもりだったが、前年に脳幹出血で倒れ半身不随となっていた木村進が、梅田花月の楽屋に電話をかけ、内場に「おまえ、ツッコミええから、リストラみたいやけど、頑張れよ」と激励。この電話で内場は翻意し、新喜劇に残ったという。内場は2019年の木村の葬儀で「自分、倒れても見てくれてたんやなって…」と、むせび泣きしながら言葉を絞り出した[1]。 キャンペーン及びその後しばらくは、新しい風を吹き込みたい会社の戦略で今田耕司・130R・東野幸治らが主力となったが、その間内場も彼らとともに芸を研き、新喜劇全体も進化を見せていった。プライベートでは1992年2月11日に未知やすえと座員同士の結婚をした。 1995年からは辻本茂雄・石田靖とともにニューリーダーに就任。当時の主力だった桑原和男・チャーリー浜・池乃めだか・井上竜夫・島木譲二・中山美保・末成映薫・帯谷孝史・浅香あき恵らベテラン勢に、中西喜美恵・島田珠代、若手有望株だった山田花子・藤井隆らを加えた新生吉本新喜劇の建設に尽力し、台湾、ニューヨークといった海外公演や、TBS系全国ネット中継『超!よしもと新喜劇』、『シネマワイズよしもと新喜劇
来歴
1999年、ニューリーダー3人と吉田ヒロが座長に就任。ボケもツッコミも器用にこなし、特定のキャラクターに頼らず笑いがとれる舞台を作っていたことから、スーパー座長と呼ばれていた。また、吉本新喜劇座長経験者の中では珍しくテレビ出演は新喜劇およびその派生番組、一部のドラマ作品に絞っており、バラエティ番組への出演はほとんどない。
2019年3月をもって座長を勇退し、ベテラン座員として新喜劇を支えていく立場となった[4]。
人物
同期の松本人志に「ダッフルコートと文庫本は絶対手放さへん」と評されるほどの読書好きであり、普段は物静かであまりしゃべらない。ムードメーカーの吉田ヒロとは対照的とされる。それゆえ、妻の未知やすえからは、舞台中にキレ芸を披露した際に「いっつも家にいるときは、黙って本ばっか読んでる」とアドリブで突っ込まれることもあった。しかし、現在は雑誌マンスリーよしもとで読書感想文を毎月書いていたことから、趣味である読書が仕事のようになったため本が嫌いになったと明かしている[5]。
あまり泣いたことは無いらしいが、新喜劇50周年特番で辻本茂雄の語ったところによると、入院中に見舞いに送り込まれた未知やすえから「大丈夫?」と声をかけられ泣いたことがあり、これが結婚のきっかけと言われていた。