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六本木
町丁
東京タワーより六本木地区を望む
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.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯35度39分46.21秒 東経139度43分53.19秒 / 北緯35.6628361度 東経139.7314417度 / 35.6628361; 139.7314417座標: 北緯35度39分46.21秒 東経139度43分53.19秒 / 北緯35.6628361度 東経139.7314417度 / 35.6628361; 139.7314417
国 日本
都道府県 東京都
特別区 港区
地区麻布地区
面積[1]
? 合計1.15 km2
人口(2019年(令和元年)9月1日現在)[2]
? 合計13,417人
? 密度12,000人/km2
等時帯UTC+9 (日本標準時)
郵便番号106-0032[3]
市外局番03[4]
ナンバープレート品川
六本木の位置
※座標は六本木駅付近[5]
六本木(ろっぽんぎ)は、東京都港区の町名。六本木ヒルズをはじめとした繁華街である。また、赤坂・虎ノ門の付近はオフィスビルが建つビジネス街にもなっている。現行行政区画は六本木一丁目から六本木七丁目。郵便番号は106-0032(芝局管区)[3]。 港区北部に位置し、旧麻布区にあたるエリアである。区役所の麻布地区総合支所の管轄であり[6]、「麻布」を冠さないが麻布エリアに含まれる。北で南青山、東で赤坂、南東で虎ノ門、南で麻布台・麻布永坂町・麻布十番・南西で元麻布、西で西麻布と接する。なお、東麻布とはわずかに接していない。旧:麻布区に属し、六本木一丁目、六本木二丁目、六本木四丁目、六本木五丁目の高台地域は番町、市谷船河原町、市谷砂土原町、そして赤坂の高台地区と並び特に六本木四丁目のフランシスカン・チャペルセンター周辺と六本木五丁目の鳥居坂周辺は1990年代前半頃までは独特の佇まいを残していた。 現在は繁華街・歓楽街というイメージが強い傾向にある。2000年代に再開発により六本木ヒルズや東京ミッドタウン(住所上は赤坂)といったオフィス併設の大規模複合商業ビルが誕生した。六本木ヒルズや泉ガーデンタワーといったオフィスビルや新興IT企業の本社[7]、グランドハイアット東京などの高級ホテル、高級タワーマンション、駐日大使館も多くあり、多面的・国際的な顔を見せている。六本木ヒルズ内にはテレビ朝日(テレ朝)の本社、住友不動産六本木グランドタワー内にはテレビ東京(テレ東)本社も位置している。また、国立新美術館、森美術館・森アーツセンターギャラリー(六本木ヒルズ)、サントリー美術館(東京ミッドタウン)などの美術館が多く集積し、都内では上野(台東区)に次ぐ文化・芸術の街という側面もある。 現在の六本木の町域は大半が武家地だった区域だが、江戸時代の「六本木町」は門前町で、現在の六本木交差点付近の狭い範囲を指していた。明治以降の「六本木町」は、寺院や大久保加賀守(小田原藩主)家の下屋敷跡などを含む範囲になった。武家屋敷跡がお屋敷町になった。湧き水や地下水に恵まれ金魚の養殖が盛んであった。 六本木近辺には日本軍の軍事施設が置かれ、兵隊の町でもあった。龍土町(現:六本木七丁目)には1936年(昭和11年)の二・二六事件にも参加者を出した歩兵第三連隊があり、隣接する赤坂区檜町(現:赤坂九丁目)には歩兵第一連隊があった。 1925年(大正14年)6月6日、赤坂溜池と六本木間で市電が開通。交通の便が良くなった[8]。 1938年(昭和13年)6月30日、集中豪雨により麻布今井町(現在の六本木四丁目)の三井邸から麻布谷町(現在の六本木二丁目)にかけてがけ崩れが発生。20余戸が押しつぶされて死者23人、重軽傷者20数人[9]。
概要
歴史