「ヒプナゴギア」はこの項目へ転送されています。舞台作品については「HYPNAGOGIA」をご覧ください。
ヒプナゴジア(hypnagogia)とは、覚醒(英語版
)から睡眠状態への移行(入眠)時における半覚醒状態のことである。逆に睡眠状態から覚醒状態への移行時(起床時)の半覚醒状態をヒプノポンピア(英語版)(hypnopompia)というが、広義にはこれもヒプナゴジアに含まれる。この「閾値意識」の段階で起こる可能性のある精神現象として、幻覚、明晰思考、明晰夢、金縛り(睡眠麻痺)などがある。ヒプナゴジアの状態における幻覚を入眠時幻覚(にゅうみんじげんかく、hypnagogic hallucination)という。「ヒプナゴジア」という言葉は、狭義には入眠時について使われ、フレデリック・マイヤースが提唱した起床時の半覚醒状態を指す「ヒプノポンピア」の対義語として使われる[1]。しかし、広義には、入眠時と起床時の両方の意識状態、すなわち、ヒプノポンピアを含めた意味としても使われる。どちらの場合にも同じような精神現象が起こることや、人は睡眠状態と覚醒状態を繰り返すことがあるため、半覚醒状態の現象を入眠時・起床時のどちらか一方に当てはめることは実際には不可能である。本項目においては、特段の記載のない限り、「ヒプナゴジア」という言葉は広い意味で使用する。
狭義または広義の「ヒプナゴジア」や「ヒプノポンピア」の他の用語として、presomnal sensations、anthypnic sensations、visions of half-sleep(半睡眠幻視)、oneirogogic images、phantasmata[2]、the borderland of sleep、praedormitium[3]、borderland state、half-dream state、pre-dream condition[4]、sleep onset dreams[5]、dreamlets[6]、wakefulness-sleep transition (WST)[7]などが提唱されている。 睡眠への移行および睡眠からの移行には、様々な知覚的経験が伴うことがある。これらの感覚的経験は、個別に、または組み合わせて起こる可能性があり、漠然としていてほとんど知覚できないものから、鮮明な幻覚まで、様々である[8]。 より一般的に報告され[9][10]、より徹底的に研究されているヒプナゴジアの知覚現象として、眼閃がある。これは、一見ランダムな斑点、線、幾何学的パターン(フォームコンスタント 寝る前にある反復的な活動、特に初めての活動に長い時間を費やした人は、傾眠
現象
視覚
テトリス効果
ヒプナゴジアの幻覚は多くの場合、聴覚的なもの、もしくは聴覚的な要素を持つものである。視覚と同様に、ヒプナゴジア的な聴覚についても、かすかな音から、ノックや衝突、爆発のような大きな音(頭内爆発音症候群)まで、その強さは様々である。自分の名前が呼ばれる、袋をぺちゃんこにする、ドアベルが鳴るなどを想像する人もいたり、ホワイトノイズを感じることもある。想像された言葉の断片は普通のものである。典型的には無意味で断片的であるが、これらの発話事象は、時折、その時の自身の思考の適切な要約となっていることもある。また、言葉遊び、造語などが含まれていることが多い。ヒプナゴジア的な音声言語は、対象者自身の「内なる声」として現れたり、他の人(親しい人や見知らぬ人)の声として現れたりすることがある。よりまれに、詩や音楽が聞こえることもある[14]。
その他の知覚(英語版
睡眠中の思考プロセスは、通常の覚醒状態とは根本的に異なる傾向がある。例えば、ヒプナゴジア状態で同意した何かは、覚醒状態においては完全にばかげているように見えるかもしれない。ヒプナゴジアには、自我の境界の緩み、開放性、感度、物理的および精神的な環境の内在化(共感)、注意散漫が含まれる[17]。ヒプナゴジア的な認識は、通常の覚醒状態と比較して、高い被暗示性
(英語版)[18]、非論理性、観念の流動的な関連性によって特徴づけられる。被験者はヒプナゴジア状態では、実験者からの暗示に対して他の時間よりも受容性が高く、外部刺激(英語版)をヒプナゴジア的な思考の連鎖やその後の夢に容易に取り入れる。この受容性は生理学的にも観察できる。脳波の測定値は、睡眠の開始時に音に対する反応性が高くなることが示されている[19]。ヘルベルト・シルベレ(英語版)は、「自己記号論」(autosymbolism)と呼ばれるプロセスについて記述している。それは、ヒプナゴジア的な幻覚が、抑圧なしに、その時に考えていることを何でも表現しているように見え、抽象的な観念を具体的なイメージに変え、それが適切で簡潔な表現として知覚されるというものである[20]。
ヒプナゴジア状態において問題解決のための洞察が得られることがある。アウグスト・ケクレがストーブの前でうたた寝をしていたときに、分子が蛇になり、自分の尻尾を咥えて輪(ウロボロス)になる幻覚を見たことで、ベンゼンが環状構造であることに気づいたという話はよく知られている[21]。他にも多くの芸術家、作家、科学者、発明家が、ヒプナゴジア状態で創造性が高められると主張している。その中には、ベートーヴェン、リヒャルト・ワーグナー、ウォルター・スコット、サルバドール・ダリ、トーマス・エジソン、ニコラ・テスラ、アイザック・ニュートンなどがいる[22]。ハーバード大学の心理学者ディアードレ・バレット(英語版)は2001年の研究で、睡眠の後半の完全な夢の中でも問題を解決することはできるが、ヒプナゴジアでは、幻覚的なイメージを目前にしている状態でそれを批判的に検討することができることから、問題をより解決しやすいことを明らかにした[23]。
ヒプナゴジア状態が睡眠の他の段階と共通している特徴は健忘である。ただし、これは選択的健忘であり、意味記憶を担当する大脳新皮質記憶系ではなく、エピソード記憶や自伝的記憶(英語版)を担当する海馬記憶系に影響を与える[5]。ヒプナゴジアとレム睡眠が意味記憶の定着に役立つことが示唆されている[24]が、その証拠は論争の的となっている[25]。