児島地域
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この項目では、岡山県倉敷市の児島支所の管轄エリア(旧児島市)について説明しています。

当地にある狭義の児島地域(旧児島町)については「児島 (旧町域)」をご覧ください。

岡山市南区の行政地域については「児島 (岡山市)」をご覧ください。

その他の用法については「児島 (曖昧さ回避)」をご覧ください。

児島地域
こじま
日本
地方中国地方山陽地方
中国・四国地方
都道府県岡山県
自治体倉敷市
旧自治体児島市
面積80.12km²
世帯数29,904世帯
総人口66,326人(登録人口、2022年2月28日現在)
人口密度827.83人/km²
隣接地区市内:倉敷地域水島地域
市外:岡山市南区玉野市
海上で隣接
香川県丸亀市坂出市
倉敷市役所児島支所

.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯34度28分1.78秒 東経133度48分50.21秒 / 北緯34.4671611度 東経133.8139472度 / 34.4671611; 133.8139472座標: 北緯34度28分1.78秒 東経133度48分50.21秒 / 北緯34.4671611度 東経133.8139472度 / 34.4671611; 133.8139472
所在地〒711-8565
岡山県倉敷市児島小川町3681番地3
リンク児島支所公式ページ

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児島地域(こじま ちいき)は、岡山県倉敷市の行政上の地域区分。同市南東部に位置し、倉敷市役所児島支所の管内にあたる[1]。かつての児島市に相当し、1967年2月1日、倉敷市・玉島市との3市による新設合併で改めて倉敷市となった。

本項では児島市についても述べる。
概要児島市街と瀬戸内海

児島は瀬戸内海に面した岡山県最南端(島嶼部を除く)の児島半島西部に位置する面積約80km2、人口約7万5千人の地域である。また、1988年4月10日に完成した瀬戸大橋本州四国連絡橋のうちの「児島・坂出香川県)ルート」)の本州側の起点でもある。古くから海運業や製塩業、繊維業が栄え、現在も学生服ユニフォームジーンズ等を代表とする繊維(アパレル)産業が盛ん。日本産ジーンズ発祥の地としても知られている。[2]

観光面では瀬戸内海国立公園の主要景勝地の一つである鷲羽山王子が岳、中世からの港町である下津井などを有する。なかでも、鷲羽山は瀬戸大橋と瀬戸内の多島海を眺めることのできる絶景ポイントとして県内有数の観光地となっており、市内の観光客数でも倉敷美観地区に次ぐ。[3]近年ではジーンズの生産工房や鷲羽山、歴史を巡る定期観光バスを走らせるなどして全国にアピールしている。
地理

児島の立地する児島半島は近世初頭の干拓により本州と陸続きとなる以前はであった。倉敷市内でも自然豊かな地域であり、市内の緑地の大半が、また、数少なくなった砂浜などの自然海岸を有し、地域中央部を占めるからへ小河川が四方に流れる複雑な地形景観を見せる。海に囲まれた地形的特徴から大きな河川は発達せず、古くから多くの溜池が作られた。大部分は現在でも維持されており、地域の景観的特徴の一つとなっている。地域を地形的に区分すると、北西側の鴨ヶ辻山系から北東の由加山系を境に大きく二つに分けることができ、北側で児島湾へ向かって東流する郷内川、南側で瀬戸内海(味野湾)へ向かって南北に長い児島丘陵の西側を南流する小田川、同じく東側を南流する下村川といった数キロの小河川沿いに比較的まとまった平野が見られる。これら3つの平野部を除いて水田に適した低地に乏しい一方で、その地理的な条件を生かして古くから塩業や漁業、海運業、織物業などの産業が発達し、交易や信仰の拠点として経済的にも周辺地域より優越する場であるいわゆる都市的な場であったといえる。

現在の児島市街は、地域南東部の味野湾に面する近世からの市街地を基盤とする味野や下の町・田の口などを中心として海沿いや丘陵間の低地を流れる小田川・下村川沿いを中心に形成され、海に沿って約7キロ途切れなく続く。市内でも高密度なまとまりとなっており、[4]一部は沿岸部北側のなだらかな丘陵にも広がる。また、半島の付け根の郷内川沿いには中世に繁栄した熊野権現を中心とする郷内地区が、児島の東半分を占める由加山山上には近世に繁栄し現在も地域の参詣客を集める瑜伽大権現がそれぞれ社寺とその門前町を残しており、さらに、半島西部の水島灘に面して古代の荘園と港の風景を今に伝える通生が、南端の備讚瀬戸に面して古い港町の下津井が立地する。備讚瀬戸と瀬戸大橋
地名の由来

「こじま」あるいは「こしま」という地名は有史以来一貫して当地を含む現在の児島半島一帯を示す呼称として使用されており、歴史のある地名といえる。最古の正史である『日本書紀』の国生み神話では、吉備子洲(きびのこじま)あるいは子洲(こしま)と記され、『古事記』では吉備兒島という呼称で登場する。これらが史書における「こじま」の初見といえ、児島は本州や九州などに次いで古代日本列島を構成する主要な島の一つとして認識されていたことがうかがえる。以上のように過去には種々の漢字表記が混在し、「児」は、兒・子・仔など、「島」は洲や嶋などと表記されることもあった。1946年の当用漢字表告示以降は「児島」と表記される。
主な自然地形
海域

瀬戸内海のほぼ中央に位置する児島の海は、四国との間にかけて広がる備讚瀬戸海域に属し、また、鷲羽山を境として、東側の主に児島市街が面する海域は味野湾、西側で通生や塩生が面する海域は水島灘と呼ばれている。また味野湾は、近年、魚の産卵場所としての重要性が認識されているアマモ場として瀬戸内海最大のものが存在する貴重な海域でもある。

備讃瀬戸

味野湾

水島灘

島嶼


六口島(面積1.09km2、人口11人)

松島(面積0.08km2、人口4人)

釜島(面積0.4km2、無人島)

竪場島(面積0.12km2、無人島)

半島


児島半島

山岳・丘陵

児島の山は概ね300m以下の山からなっており、岡山県内で見ると瀬戸内丘陵群に区分され、倉敷市の地形地域区分では児島山地に属している。

由加山山系

奥ケ峰(由加 300.4m)

妙見山(由加 283.2m)

福南山(福江 281.9m)

瑜伽山(由加 273.1m)

仙随山(田の口 273.4m)

佐渡山(由加 272.5m)

タコラ山(木見 215.5m)

龍王山(木見 194.0m)

由加平山(福江 184.0m)

岩滝山(田の口 169.7m)



鴨ケ辻山?石鉄山山系

鴨ケ辻山(福江 283.9m)

松楠山(福江 235.0m)

大山(塩生 223.5m)

石鉄山(柳田 220.6m)

神山(稗田 220.6m)

高山(柳田 196.0m)


竜王山山系

竜王山(味野 203.4m)

祇園山(塩生 161.0m)

城山(味野 146.2m)



熊野神社山系

蟻蜂山(林 232.0m)

熊山(木見 237.5m)


王子ケ岳

新割山(唐琴 234.4m)

王子ケ岳(唐琴 227.8m)



下津井丘陵

神道山(吹上 144.3m)

鷲羽山(大畠 133.5m)

三百山(菰池 124.8m)

大向山(菰池 111.0m)


児島丘陵

児島丘陵(小川、下の町、上の町、稗田 50?60m)


河川


小田川(水源地 稗田、5.410km)

下村川(水源地 上の町、2.012km)

郷内川(水源地 林・木見、6.137km)

湖沼

児島地域には、1994年時点で614か所の溜池が存在し、その数は市内でも突出して多い。そのうち約300か所は、17世紀中頃に児島郡奉行の石川善右衛門により築造または拡張整備されたものであると伝えられている。


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