偽使
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偽使(ぎし)とは他人の名前を騙った偽の使節のこと。室町時代から江戸時代初頭にかけて、日本から朝鮮へ大量の偽使が通交(外交・貿易を包括した概念)し、日朝貿易史において15世紀半ばから17世紀前半は偽使の時代と呼ばれている。本項ではこの日朝貿易に出現した偽使についての解説を行う。
目次

1 概要

2 定義と分類

3 背景

3.1 朝鮮側

3.1.1 通交統制政策

3.1.2 朝鮮王朝の問題


3.2 日本側

3.2.1 宗氏領国

3.2.2 日本側の問題



4 偽使通交の変遷

4.1 嘉吉条約以前

4.2 嘉吉条約から三浦の乱まで

4.3 三浦の乱から文禄の役まで

4.4 文禄の役から柳川一件まで


5 脚注

5.1 注釈

5.2 出典


6 参考文献

7 関連項目

8 外部リンク

概要

偽使とは他人の名義を名乗って通交を行う偽の使節のことである。15世紀から17世紀前半にかけて日本から朝鮮へ大量の偽使が通交するが、これらの大半は貿易を目的に派遣されたものであった。当時の日朝貿易は外交使節の往来に付随する形で行われていたが朝鮮王朝にとり貿易は財政的負担であったため、通交は受図書人と呼ばれる一部の者にしか認められず、受図書人にしても年間通交回数に制限が加えられていた。しかし日本側では室町期における経済的発展により貿易の拡大が期待されており、また対馬を領国としていた宗氏が対朝鮮貿易権を基盤とした領国支配を行ったことも貿易拡大を促進しようとするものであった。そのため日本側諸勢力は、他の通交権所有者の名を騙った偽使を派遣することで貿易の拡大を図った。

偽使達は架空国家の使節を名乗ったものから、朝鮮通交権を持つ他勢力から名義を借用したものまで、様々な形態をとって通交を行った。朝鮮王朝や室町幕府はこうした偽使の取り締まりを試みるがそれぞれ偽使に付け込まれる問題を抱えており、押さえ込むことは出来なかった。

偽使を派遣した主な勢力は宗氏博多商人であった。朝鮮王朝建国期には倭寇地侍や一介の舟大工のような雑多な者まで朝鮮へ通交していたが、15世紀初頭から半ばにかけて通交の寡占化が進められ、宗氏や大内氏のような一部の者(受図書人)を除いて通交は禁止されていった。そのため日朝貿易から締め出された博多商人は、宗氏や室町幕府の名を騙った偽使を派遣して貿易を行った。15世紀半ばになると朝鮮王朝は受図書人に対しても年間通交回数に制限を加えたため、日朝貿易を生命線としていた宗氏は王城大臣(室町幕府在京有力守護の朝鮮側の呼び名)や深処倭(対馬以外の日本人の朝鮮側の呼び名)の名義を騙った偽使を派遣して通交権の拡大を行なった。当初宗氏と博多商人の間に共闘関係はなく、博多商人の偽使通交はしばしば宗氏の妨害を受けていた。しかし、応仁・文明の乱に乗じて宗貞国が博多に出兵したことを期に、両者は提携し偽使通交体制を築き上げることになる。彼等は室町幕府を含む全日本勢力の朝鮮通交権を手中に収め、偽使通交をもって日朝貿易の独占を行なった。しかし文禄・慶長の役により日朝の国交が断絶するとこうした通交も途絶する。文禄・慶長の役後、宗氏は江戸幕府の名を騙った偽使を駆使して国交回復に漕ぎ着けるが、柳川一件により偽使通交や国書改竄が政治問題化した。日朝貿易の独占そのものは江戸幕府にも宗氏の既得権として認められ、19世紀後半対馬府中藩が解体されるまで続いたものの、偽使通交体制は解体され、通交は江戸幕府の強い影響下に置かれた。
定義と分類

偽使とは、簡単に言えば名義を騙り通交を行う偽の使節のことである。しかし日朝貿易に出現した偽使は様々な形態を取り、他人の名義を名乗った単純な偽使以外にも、本来の名義人から通交権を借り受けたもの、通交業務を請け負ったもの等、名義人の一定の関与が存在するものも含まれていた。そのため、偽使を単純に名義人とは別の第三者が派遣する使節と捉えると、偽使通交の実態を見誤る危険性がある。中世日朝貿易における通交形態を分類すると下記の9つの類型に区分されるが、このうち類型2?5には名義人の関与が存在し明白な偽使とは言い切れないグレーゾーンにあたる[1][注釈 1]

不正通交真使・偽使という分類は、通交を主導する者と名義人が同一の人物であるか、通交者に焦点を当てた分類である。しかし、日朝貿易のもう一方の主体である朝鮮王朝にとっては通交が統制制度の定めた形式を遵守しているかどうかが重要なのであり、使節の名義人と派遣主体が一致するか否かはさほど重要な問題ではなかった。朝鮮王朝の視点に立った分類を行うと、統制制度の形式を遵守した正規の通交と形式に不備のある不正通交に分けられる。この分類に従えば、類型1の真使であっても歳遣船定約の上限を超えた通交や文引・書契に不備のあるものは不正通交になる一方、6?9の完全な偽使であっても統制制度の形式を満たしたもの(朝鮮王朝から図書を受け、文引を所持し、歳遣船の枠内で通交するということ)は正規の通交であった[2]
真使

真使便乗型 : 真使便乗型は、正規の名義人が派遣した使節に便乗して偽使勢力が通交を行うもの、あるいは国書改竄などを通して名義人の意図とは異なる交渉を行なわせる形態である。

請負通交型 : 請負通交型は、第三者が正規の名義人から通交業務を請負い、通交を行う形態である。派遣主体は正規の名義人であるので完全な偽使とは言えないが、請負人による不正通交が混じりやすい形態である。

名義借通交型 : 名義借通交型は、正規の名義人に使用料を支払って名義を借り、通交を行う形態である。通交の主体は偽使勢力にあるものの、名義人も一定の権利(名義料)を留保している。

名義譲渡通交型 : 名義譲渡通交型は、正規の名義人から永久に名義の譲渡を受け通交する形態である。

通交名義詐称型 : 通交名義詐称型は、正規の通交人の名義を騙って通交する形態。騒乱に忙殺あるいは没落し通交出来ないような勢力の名を騙り通交することが大半であった。既存の通交勢力の名義を騙ったもの以外に、それまで通交歴の無い勢力の名義を使用して新たな通交権を創出したものも含まれる。

有力者名義詐称型 : 有力者名義詐称型は、6の通交名義詐称型と同種のものであるが、室町幕府や琉球王朝等、権威があり朝鮮王朝から尊重されていた通交勢力の名義を騙る形態。朝鮮王朝は通交勢力の格に応じて接待や交渉時の待遇などを変えていたため、有力者名義を詐称することにより有利な交渉・貿易を期待することが出来た。

架空名義詐称型 : 架空名義詐称型は、実在しない架空の名義人を名乗って通交する形態。架空の名義であるからそれまで通交実績はなく、新たな通交権を創り出そうとするものである。

架空国家詐称型 : 架空国家詐称型は、架空名義詐称型と類似のものであるが、国家の名義を名乗る形態。7の有力者名義詐称型と同じく、有利な貿易・交渉を期待するものであった。

上記の偽使の類型のうち、類型6?9は純粋な偽使であるが、2?5については正規の名義人の一定の関与が存在しグレーゾーンに属する。日朝関係史ではこうしたグレーゾーンの通交も偽使通交の類型として扱うことが通例であり、本項もそれに倣うものとする[1]
背景

明朝冊封体制下の東アジア海域では自由な貿易が禁止され、明朝から冊封を受けた国王使節の往来に付随する朝貢貿易しか認められていなかった。室町幕府3代将軍足利義満は、日明貿易の利権を目当てに通交を試みたが、先に通交していた「日本国王良懐」(懐良親王のこと)の敵(北朝のこと)の臣下とみなされ認められず、しばらくの間、懐良親王の名を騙って通交を行った[3]。こうした事例に示されるように、当時の制限貿易の下で貿易に参入あるいは貿易の拡大を図る者にとり、他人の名義を騙った偽使による通交は一つの有効な手段であった。

中世日朝貿易においても通交は朝鮮王朝の認めた一部の者(受図書人)にしか許可されておらず、偽使の出現する下地は存在していた。加えて朝鮮王朝は財政的な理由から貿易の抑制を図っていたのに対し、日本側は経済・鉱業の発達あるいは朝鮮貿易権を基盤とした宗氏の領国支配体制などの影響により貿易の拡大を欲していた。また、偽使を取り締まる立場にあった室町幕府朝鮮王朝も、室町幕府は宗氏等の西国守護国人を取り締まる力はない、朝鮮王朝は日本国内情報に疎く通交名義人が実在するかどうかの判断すら付かない、など偽使勢力に付け込まれるような問題点を抱えており、偽使を押さえ込むことは出来なかった。[注釈 2]
朝鮮側

朝鮮王朝は農本主義国是として商業を抑制する志向を持ち、国内で産出することの無い物資の入手を除けば貿易それ自体を必要としていなかった。しかし14世紀末は前期倭寇が猛威を奮った時代であり、朝鮮王朝は倭寇沈静化の一策として倭寇禁圧に協力的な西国諸勢力あるいは倭寇自体に通交権を与え、平和的通交者へと懐柔していった[4]

こうして始まった日朝貿易は、通交使節による進上と回賜、公貿易、日朝双方の商人による私貿易の三つの形態が組み合わさったものであった[5]。朝鮮王朝にとり公貿易は利益を産み出すためのものではなく、市価よりも日本側に有利な取引価格で交易を行なったことなどもあり、国庫に負担となっていた。朝鮮側の輸出品は主に綿布であったが、1475年における綿布の輸出量は2万7千であったのに対し、翌年には3万7千匹に急増し漢城(ソウル)の布貨[注釈 3]が払底しそうになる[6][7][8]1488年には綿布の輸出量は夏の3ヶ月だけで10余万匹に達し[9][10]16世紀に入ると1回の通交で8万5千匹(1525年の日本国王使)、10万匹(1523年の日本国王使)と大量の綿布が輸出されている。


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