倉科カナ
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くらしな かな
倉科 カナ
本名同じ
生年月日 (1987-12-23)
1987年12月23日(36歳)
出生地 日本熊本県熊本市南区
身長158 cm[1]
血液型O型
職業女優
ジャンルテレビドラマ映画CM
活動期間2006年 -
著名な家族立花のぞみ(妹)
事務所ソニー・ミュージックアーティスツ
公式サイトKANA KURASHINA Official Web Site
主な作品
テレビドラマ
根津サンセットカフェ
ウェルかめ
Mother
おじいちゃんは25歳
名前をなくした女神
私が恋愛できない理由
dinner
よろず占い処 陰陽屋へようこそ
花のズボラ飯
ファーストクラス
刑事7人
奪い愛、冬
寂しい丘で狩りをする
隣の男はよく食べる』映画
GROW 愚郎
スーパーカブ
ぼくたちと駐在さんの700日戦争
砂時計
夢売るふたり
3月のライオン
あいあい傘
女たち』舞台
『シダの群れ』
真田十勇士
『現代能楽集VIII「道玄坂綺譚」』
ライ王のテラス
『パークビューライフ』
こまつ座
ガラスの動物園
『お勢、断行』アニメーション
劇場版 七つの大罪 光に呪われし者たち

 受賞
ミスマガジン2006』グランプリ
第29回読売演劇大賞女優賞(2022年

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倉科 カナ(くらしな かな、1987年昭和62年〉12月23日 - )は、日本女優タレントソニー・ミュージックアーティスツ所属。熊本県熊本市南区出身。
来歴

熊本信愛女学院高等学校卒業。
学生時代

高校生で家族や生活のために牛丼屋(吉野家)やファミリーレストラン懐石料理店などで3つアルバイトを掛け持ちしていた[2]が、「人生がこのままだとつまらないな。一回きりの人生楽しんだ方がいい。芸能界に昔興味があったからオーディションを受けてみよう」と思うようになる[3]
オーディションに受かるまでの経緯

高校3年生の時、冒険心から受けた[4]「SMAティーンズオーディション2005」に応募する[5]。最初に事務所に送った履歴書フリーペーパーから引きちぎったものに、友人に言われた通りに名前と写真とスリーサイズのみを書き、不要になった他の欄の部分は手で切って半分にしたヨレヨレの物だった[6]。当時倉科は祖母と同居しており、オーディション用の写真は仏壇の前で祖母が撮ったものを使ったという[3]。結果「電話で落ちました」と連絡がありオーディションに一度落ちる[3]

その後ソニーミュージックの事務所社長が倉科の写真を偶然見つけて、敗者復活となり面談をしていくうちに[3]グランプリを受賞した[5][3]。上記の履歴書の件も含め、社長は事務所入りを認めた[6]
タレント・女優として

当時は学業を優先していたため、卒業を待って18歳で上京し[3]、本格的にタレント活動を開始した[6]

2006年6月、『ミスマガジン2006』でグランプリに選ばれ[7]、以後講談社のマガジンシリーズを中心にグラビア活動を展開。同年10月からはTBS開運音楽堂』に出演。同年7月からの一時期、「ミスマガジンフットサルチームに加入していた。

一方で女優業も開始。NHK教育NHKワールドで放送された外国人向け日本語教育番組『エリンが挑戦! にほんごできます。』のスキットパートに出演。

2008年4月から12月まで、NHK総合土曜スタジオパーク』のレギュラーを務める。

2009年後期のNHK連続テレビ小説ウェルかめ』に1775人[4]の応募者の中から選ばれ、同年秋から2010年春まで主演(ヒロイン役)を務める[8]。NHK連続テレビ小説のヒロイン・オーディションは『どんど晴れ』から受け続け、これが5回目の挑戦だった[9]。ミスマガジン出身者がNHK連続テレビ小説のヒロインを務めるのは『はね駒』(1986年前期)の斉藤由貴以来23年ぶりであった。これに先駆け、2009年8月には、徳島市阿波おどりに前年の『真夏の夜もさだまさし』で話題となった“NHK徳島連”の一員として参加、ドラマPRを行う。この頃よりグラビア活動を終え、女優としての活動のみとなる。

2010年8月27日より、ブログをアメーバブログに移行。

2020年8月、映画『女たち』(2021年6月公開)の撮影のために髪を40cm切る[10][11]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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