佐藤輝
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「佐藤輝」のその他の用法については「佐藤輝 (曖昧さ回避)」をご覧ください。

さとう てる
佐藤 輝
本名佐藤 輝昭
生年月日 (1945-03-10) 1945年3月10日(75歳)
出生地 日本山形県
職業俳優
ジャンル舞台
活動内容演劇 ミュージカル テレビドラマ ラジオドラマ 映画 講演
事務所オフィス天童
公式サイト ⇒俳優・佐藤 輝の世界
主な作品
ミュージカル ラ・マンチャの男(サンチョ役) 子午線の祀り(伊勢三郎義盛役)
備考
ラ・マンチャの男サンチョ役は日本最多484回出演を記録
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佐藤 輝(さとう てる:1945年3月10日 ‐ )[1]は、日本俳優ミュージカル俳優、声優。本名は、佐藤 輝昭(さとう てるあき)。オフィス天童[2]所属。[3]目次

1 来歴・人物

2 出演

2.1 舞台

2.2 テレビドラマ

2.3 NHK くらしの歴史・歴史みつけた

2.4 BS 俳句王国

2.5 ドキュメント

2.6 映画

2.7 ラジオ

2.8 テレビアニメ


3 脚注

4 外部リンク

来歴・人物

山形県余目町(現・庄内町)出身。余目町立余目小学校、余目中学校を経て山形県立酒田東高等学校卒業。劇団俳優小劇場養成所2期生。歌って踊れる個性派俳優として演技力、歌唱力が高く評価されている。1976年より20年間、劇団動物園にて活動。

ミュージカルラ・マンチャの男』にサンチョ・パンサ役で1995年から出演、2008年の帝劇公演でサンチョ役484回の日本最多出演を記録した[4]。『子午線の祀り』(伊勢三郎義盛役)[5]、『チャングムの誓い』(養父カン・ドック役)、『おしん』(定次役)、大河ドラマ『元禄繚乱』の忠僕八助役など代表作多数。1988年から芸名を佐藤 輝に。

自身は俳優になろうと決心した時の心境を「小学校6年の時に、町内の全5小学校が参加した連合学芸会で、木下順二作『彦市ばなし』の天狗の子の役を演じて、同学年の観客から思いがけない大きな拍手をもらった。それが評判になって、中学校の学芸会でも毎年出演させてもらえる機会に恵まれ、3年の時には『レ・ミゼラブル』の原作『ああ無情』の主役で本来は大男であるジャン・ヴァルジャン役を演じて好評だった。

高校卒業後の進路を決める時、その小中4年間に体験した、仲間と一緒に新しい世界を作っていく楽しさと観客から拍手を受けた喜びを思い出して、156センチと小柄な自分でも一人の人間として仲間と対等に一緒に生きていける場所と仕事があるんだと気付き、身長のコンプレックスを乗り越えて、俳優として生きていく決心をした。」と語っている。

初舞台は1965年、小幡欣治作『畸型児(きけいじ)』。1969年に全国労音『だから! 青春』でミュージカル初出演。

1996年劇団動物園を結成・主宰。1977年の劇団動物園公演、佐藤 輝原案ミュージカル『紅葉乱舞車達引(もみじまうくるまのたてひき)』(観世栄夫演出)の山形県内公演は、県内初のミュージカル公演[6]

マイ・フェア・レディ』『屋根の上のヴァイオリン弾き』などのブロードウェイミュージカルからストレートプレイ、日本の古典作品、小劇場、朗読など舞台を中心に、映画、テレビ、ラジオ、ドキュメント出演などの俳優活動のほか舞台作品の構成や演出、講演、俳句、写真、エッセイなど幅広い活動をしている。こうした佐藤輝の幅広い感性は、高校卒業までをすごした故郷山形県庄内地方の恵まれた風土と文化、500年の伝統を持つ黒川能謡曲の師匠だった父方の祖父や芝居小屋を経営していた母方の祖父などの環境によって育まれた。

モットーは「毎日が初日(しょにち)」。山形県酒田市の観光大使「北前大使」を務める。

1995年から松本幸四郎のドン・キホーテとコンビを組んで出演したミュージカル『ラ・マンチャの男』のサンチョ・パンサ役は、「佐藤輝が演じる、温かく愛らしいサンチョが絶品。」と評され、2008年の帝劇公演で484回の日本最多出演を記録した。この役作りのため、公演の度にラ・マンチャ地方を中心にスペインを7回訪れ、現地では「ハポンのサンチョ」と親しまれている。

1999年新国立劇場、2004年世田谷パブリックシアターで公演された木下順二の名作『子午線の祀り』には義経の一の郎党・伊勢三郎義盛(いせのさぶろうよしもり)役で出演。「精彩を放った佐藤 輝。野村萬斎の技量に、伊勢三郎の佐藤 輝がきっ抗し、盛り上げている。」と評された。
出演
舞台

畸型児(きけいじ) (1965年) -社員B役 
小幡欣治作 一ツ橋講堂

関東平野 (1966年) -佐藤二等兵役 川俣晃自作 一ツ橋講堂

わざおぎのふるさと (1969年) 第三回関弘子企画公演 農協ホール

萬歳の遊び 幕間漫才 (1969年) - 才蔵役 早野寿郎演出 劇団俳優小劇場公演 農協ホール

日と火と碑と人 (1969年) -鉄次役[7] 関矢幸雄作演出振付 劇団俳優小劇場公演 紀伊国屋ホール

ミュージカル だから! 青春 (1969年) -片岡永治役 加藤盟脚本演出 文京公会堂 全国労音公演

どくどくどく (1969年) -探偵役 新村もとを作演出 GROUPダル プロデュース ドロップアウト演劇公演

ミュージカル だから! 青春 (1970年) -片岡永治役 加藤盟脚本演出 全国94公演

琉球処分 (1970年) -村人 藤田傳作演出 劇団俳優小劇場公演 都市センターホール

わが町 (1970年) -ジョー・クロウエル役 早野寿郎演出 劇団俳優小劇場公演 新宿厚生年金会館小ホール

救いは・・・(1971年) -バリー役 道城偕子演出 演劇グループ開プロデュース公演

本朝二十不孝 善悪の二つ車 (1971年) -甚七役 早野寿郎演出 劇団俳優小劇場公演

犬神博士 (1972年) -横寺巡査 藤田傅脚本演出 第一回自由人公演 新宿紀伊国屋ホール

巴鼻庵物狂い (1972年) -F(博士)役 田中千禾夫作演出 窓の会公演

天保十二年のシェイクスピア (1974年) -清水次郎長ほか 井上ひさし作 出口典夫演出 西武劇場 全国公演

夢の渡り鳥 (1974年) -チョロ松 福田善之台本演出 立動舎年忘れ興行 新宿紀伊国屋ホール

越前竹人形 (1975年) -喜助 構成演出観世栄夫 作家と音楽 水上勉の世界 唄と女と

女ねずみ小僧 (1975年) -弟ねずみ三太役 福田善之作演出 明治座

続夢の渡り鳥 (1975年) 福田善之台本演出 立動舎年忘れ興行 新宿紀伊国屋ホール

ロック・ミュージカル 落城 (1976年) -雑兵B役 龍田浩介作 渋谷ジァン・ジァン

東海道四谷怪談 (1976年) -関口官蔵役 観世栄夫演出 嵐徳三郎公演 渋谷ジァン・ジァン

酔いどれ菩薩 (1976年) 福田善之台本演出 立動舎年忘れ興行 新宿紀伊国屋ホール

冬眠まんざい (1977年) -トト役 秋浜悟史作 観世栄夫演出 関弘子・企画 現代語りもの集 渋谷ジァン・ジァン

ミュージカル 紅葉乱舞車達引 (1977年) -ドカベン役 観世栄夫演出 労音会館

冬眠まんざい (1978年) -トト役 秋浜悟史作 観世栄夫演出 関弘子企画 現代語りもの集2 渋谷ジァン・ジァン

ろば -ろば一文字号役 むかし・まつり (1979年)[8] 『ろば』大藪郁子作 『むかし・まつり』佐藤輝昭構成 観世栄夫演出 劇団動物園公演 渋谷ジァン・ジァン

一本刀土俵入り 狸御殿 (1979年) 沢竜二演出 シアターグリーン

ろば -ろば一文字号役 むかし・まつり (1981年) 観世栄夫演出

南北恋物語 (1982年) -炭一役 秋元松代作 蜷川幸雄演出 帝国劇場

近松心中物語 (1983年) -太鼓持 勘八役 秋元松代作 蜷川幸雄演出 帝国劇場

鼬 山参道 (1990年) -弥五役 真船豊作 近松麗江書斎劇場公演 三越劇場

明治太平記 (1992年) -甚助役 中江良夫・堀井康明脚本  井上思演出 帝国劇場

ミュージカル その男ゾルバ (1993年) -イギリス提督役[9] 小田島雄志翻訳 中村哮夫演出 新宿コマ劇場 劇場飛天

ミュージカル マイ・フェア・レディ (1993年) -ジェミイ役[10] 倉橋健訳 ジョン・ファンリー/佐藤浩史演出 劇場飛天

ミュージカル 屋根の上のヴァイオリン弾き (1994年) -ナフム[11] 倉橋健訳 演出振付サミー・ベイス/佐藤浩史演出 帝国劇場


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