佐良直美
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佐良 直美
出生名山口 納堡子
生誕 (1945-01-10)
1945年1月10日(79歳)
出身地 日本東京都
学歴日本大学藝術学部
ジャンル歌謡曲
職業歌手女優タレント、実業家
担当楽器
活動期間1967年 - 1987年2010年 -
レーベルビクター音楽産業

佐良 直美[1](さがら なおみ、1945年1月10日 - )は、日本の女性歌手タレント女優作曲家である。現在は主に実業家として活動する。出生名は山口 納堡子(やまぐち なほこ)だが、現在は戸籍名を芸名と同じく佐良直美に改名している。日本芸術専門学校特別講師。
経歴

東京都出身で、明治時代漢学者川田甕江玄孫住友財閥の常務理事の川田順(甕江の三男)の従曾孫にあたる。遠縁に吉永小百合がいる[2][3]。また山本直純の妻の山本正美も遠縁にあたる[4][3]

日本大学藝術学部を卒業後、1967年に「世界は二人のために」で歌手活動を始めて120万枚のレコードを売り上げ、第9回日本レコード大賞の新人賞を受賞し、同年の第18回NHK紅白歌合戦に初出場する。1968年に「世界は二人のために」が第40回選抜高等学校野球大会入場行進曲に採用された。

1969年に「いいじゃないの幸せならば」で第11回日本レコード大賞を受賞し、女性歌手初の日本レコード大賞新人賞・大賞受賞者となる。1970年芸術選奨新人賞を受賞する。

1971年に所属事務所であるオールスタッフプロから独立し、(株)佐良直美音楽事務所を設立する。

歌手としてだけでなく、作曲(テレビドラマの音楽も担当)、タレントとしてのバラエティー番組への出演やテレビ番組の司会、女優としても石井ふく子組の一員として『ありがとう』に出演するなど、多方面で活躍した。

1980年にタレントのキャッシーとのスキャンダル報道がされて以後は、次第に芸能活動から遠ざかり、同年のNHK紅白歌合戦も落選した[5]。佐良本人は後に「あれは何がなんだか全然わかりません。ビックリするだけでした。ただ、どの社会にも裏表や力関係がある。そういうことなんでしょうね」と騒動を否定している[6]

歌手活動は、1983年9月21日に発売したEP「YASUKOの場合/夕顔」が昭和時代最後のレコード発売となった。

1987年ごろから歌手業を含めた芸能活動を長期休業し、実業家へ転身した。本人はのちに「前年に師匠と仰ぐジャズボーカリストの水島早苗へ捧げたカセットアルバムを出したところで燃え尽きた」ことに加え、同年に声帯ポリープの手術を受けて1年ほど失声して実家の仕事を手伝うことになり、歌どころではなくなった[7]、と語った。

1993年から栃木県那須塩原市で家庭犬のしつけ教室『アニマルファンスィアーズクラブ (AFC)』を主宰[8]する。アメリカから講師を招いて犬を中心に動物に関するセミナーを開催し、動物愛護を啓蒙している。優良家庭犬普及協会専務理事を務める。

2003年5月25日放送、NHK-FM日曜喫茶室」へのゲスト出演。この時出た芸能界への復帰に関する質問には「もう(復帰しなくても)いいでしょう」と否定した。

2009年5月16日、朝日放送テレビ朝日系列)「朝だ!生です旅サラダ」で、ゲスト出演した草笛光子が「那須の旅」という題目で、佐良の経営する『アニマルファンスィアーズクラブ』を訪問。佐良自身、同番組で久々のTV出演(録画放映)となった。

2010年9月24日、新聞で27年ぶりに歌手復帰することが報じられた。平成時代に入ってからは自身初の、CDシングル「いのちの木陰」を2010年11月24日に発売する。関係者は同年の夏にレコーディングしたと述べた。収録現場にはTBS系ドラマ「ありがとう」に主演(第4シリーズ)として起用した石井ふく子プロデューサーも立ち会った。

本人が語ったところでは関係者からの度重なる説得に対し、「渋谷毅先生が曲を書いてくれるなら」と言って断っていたところ、渋谷作の曲が用意されたため、復帰を断りきれなくなったという。CD発売については「インディーズで別名義でリリースするつもり」だったが、石井からメジャーでのCDリリースを説得されたとのことで「私の辞書に石井先生への『NO』はありません(笑)」と語っている。ただし本格的な歌手復帰については「やってもあと1、2回でしょう」として消極的な姿勢を示した[7]

2011年4月15日 テレビ朝日系「徹子の部屋」に愛犬3頭を連れて出演。東北地方太平洋沖地震前に録画したものの、予定より遅れてオンエアとなる。震災では自宅が半壊するなど多大な被害を受ける。

2011年9月14日、2011年9月25日放送のドラマ『居酒屋もへじ』(TBS)の主題歌へと起用されたことが発表された[9]。ドラマのプロデューサーであり、レコーディングにも立ち会った石井ふく子の強い希望で実現[10]となり、さらにドラマの音楽担当[11]として、久しぶりに作曲家としても腕を奮い、石井の要望でドラマのため、挿入曲2曲(「いのちの木陰」のカラオケに別の旋律をハミングで唄ったもの)を自ら書き下ろし、レコーディングしたという。

2012年7月20日、大功社から著書「動物の神様に生かされて」が上梓され、それに先立ち、7月3日、八重洲富士屋ホテル3階の赤松の間で、石井ふく子プロデューサー(「動物を愛し、育て、家族を愛し、人としての思いやり、優しさをさりげなく・・・。」と推薦のコメントを発表している)、森山真弓元文部大臣・法務大臣、その他多くの芸能界のスター臨席のもと、出版記念パーティが催された。

2013年3月20日、2年半ぶりとなる新曲「お・か・え・り」が発売。
二十一世紀音頭

1970年に「二十一世紀音頭」という歌を歌っている。発表当時から31年後の2001年のことを歌ったこの曲は、全国の盆踊り大会で使われた。

「二十一世紀音頭」[12]
作詞:山上路夫、作曲:いずみたく、編曲:大柿隆、歌:佐良直美、合唱:二期会合唱団、伴奏:ビクター・オーケストラ)ビクターレコードMV-578-S(VEY-3516)片面:昭和元禄ばやし歌:鈴木正夫、小杉真貴子、ビクター少年民謡会
主な出演番組

歌のグランド・ショー(NHK、1967年 - 1968年)

世界の音楽(レギュラー出演者、NHK、1968年 - 1974年)

今週のヒット速報(フジテレビ)

佐良直美メロディーイン‘S'(TBSラジオ

タカラブネ リクエスト 佐良直美・うたの街(TBSラジオ)

バイタリス・フォーク・ビレッジ(パーソナリティー、ニッポン放送、1968年 - 1971年) 

佐良直美 ジャンプ・アップ(ニッポン放送)

TBS歌のグランプリ(司会、TBS、1969年 - 1971年)

スター変身!(司会、読売テレビ、1972年 - 1973年)

サウンド・イン"S"(初代司会、TBS、1974年 - 1976年)

シャープ・スターアクション(日本テレビ、1973年 - 80年)

拝啓私の素敵さん(司会、フジテレビ、1977年)


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