伊勢湾台風
[Wikipedia|▼Menu]

伊勢湾台風
(1959年台風第15号・Vera/ヴェラ)
カテゴリー5の
スーパー・タイフーンSSHWS
伊勢湾台風(1959年9月23日15時)
発生期間1959年9月21日 12:00(UTC)- 9月27日 12:00(UTC)
寿命6日0時間
最低気圧895 hPa
最大風速
(日気象庁解析)75 m/s
最大風速
米海軍解析)165 knot[1](約 85 m/s)
平均速度32.4 km/h(移動幅:緯度27.5度・経度15.5度)
移動距離4,664 km
上陸地点和歌山県潮岬西方
死傷者数死者 4,697名
行方不明者 401名
負傷者 38,921名
被害地域 日本九州を除く)
プロジェクト : 気象と気候災害
テンプレートを表示

伊勢湾台風(いせわんたいふう、昭和34年台風第15号、台風195915号、国際名:ヴェラ/Vera)は、1959年(昭和34年)9月26日土曜日)に潮岬に上陸し、紀伊半島から東海地方を中心にほぼ全国にわたって甚大な被害をもたらした台風である。伊勢湾沿岸の愛知県三重県での被害が特に甚大であったことからこの名称が付けられた。死者・行方不明者の数は5,000人を超え、明治以降の日本における台風の災害史上最悪の惨事となった[2]
概要

人的被害は、紀伊半島和歌山県奈良県伊勢湾沿岸の三重県愛知県日本アルプス寄りの岐阜県を中心に犠牲者5,098人(死者4,697人、行方不明者401人)・負傷者3万8,921人(「消防白書」平成20年度版)[3][注 1]に上る。犠牲者を3,000人以上出した台風として、室戸台風枕崎台風と合わせて昭和の三大台風に挙げられ、その中でも最悪の被害をもたらした[注 2]。その犠牲者の数は、第二次世界大戦後の自然災害では、2011年3月11日東北地方太平洋沖地震東日本大震災)、1995年1月17日兵庫県南部地震阪神・淡路大震災)に次ぐ規模で、台風災害としては最多である。

また、ほぼ全国に及んだ経済的被害は莫大なものとなり、GDP比被害額は阪神・淡路大震災の数倍、関東大震災に匹敵し、東日本大震災との比較対象に達するものであった。特に名古屋市港区・飛島村・弥富市が一番被害が大きかった。人的・経済的被害の規模の大きさから、明治維新以後で最大級の自然災害の一つである。

災害対策について定めた災害対策基本法は、この伊勢湾台風を教訓として成立したものである。また、2013年に気象庁が運用を開始した特別警報も、台風については伊勢湾台風クラスを基準としている[4]
発生から消滅までの経過伊勢湾台風の進路図

伊勢湾台風の位置・中心気圧の推移[5]日時 (JST)中心位置中心気圧 (mb)
9月20日9時11.0N、160.0E1,008
20日15時10.0N、157.3E1,005
20日21時10.0N、154.7E1,008
21日3時11.0N、152.2E1,006
21日9時12.0N、150.0E
21日15時13.6N、150.0E
21日21時14.8N、150.0E1,002
22日3時15.5N、149.4E1,000
22日9時16.5N、148.5E996
22日15時16.9N、146.5E970
22日21時17.1N、145.9E960
23日3時17.3N、145.0E940
23日9時18.1N、143.7E905
23日15時19.0N、142.9E895
23日21時19.7N、141.7E
24日3時20.2N、141.0E
24日9時20.7N、140.0E900
24日15時21.5N、139.2E910
24日21時22.2N、138.3E
25日3時23.0N、137.2E
25日9時24.1N、136.2E900
25日15時24.8N、135.8E905
25日21時26.5N、134.8E910
26日3時28.0N、134.5E
26日9時29.7N、134.5E920
26日15時32.0N、134.9E
26日21時35.0N、136.1E940
27日3時38.9N、138.9E965
27日9時40.5N、140.3E984
27日15時42.3N、145.6E982
27日21時43.0N、150.0E
28日3時43.0N、154.0E990
28日9時42.5N、158.4E992
28日15時41.9N、162.0E
28日21時41.0N、166.0E
29日3時38.5N、172.3E990
29日9時36.0N、175.5E994
29日15時36.0N、178.5E
29日21時35.9N、176.0W996

1959年(昭和34年)9月20日にエニウェトク島付近で中心気圧1,008mb(当時の単位「ミリバール」。hPaに同じ)の弱い熱帯低気圧(当時の用語)が発生、西に進み、21日にはサイパン島の東を北上しながら次第に発達し、21日21時には、マリアナ諸島の東海上で1,002mbの台風15号となり、再び西寄りに進路を変えて急激に発達した。9月22日9時には996mbであったものが同日15時には970mb、翌23日9時には905mbとなり、22日9時からの僅か24時間で91mbも気圧が低下した[6]。15号の発達はさらに続き、23日15時にはアメリカ軍気象観測飛行機により894mbが観測された。すなわち、発生からわずか2日も経たないうちに、中心気圧が100mb以上も下がったことになる。中心付近の最大風速は75m/s(アメリカ軍の観測では90m/s)、風速25m/s 以上の暴風雨圏(暴風域に同じ)は半径300kmであった。カテゴリー5とされた。

台風15号はその後もほとんど勢力が衰えることなく、9月25日昼頃まで900mb前後の猛烈な勢力を保ち、進路を北西から次第に北に転じて26日9時には潮岬の南南西400kmに達したが、その時点でもなお中心気圧920mb、最大風速60m/s、暴風雨圏は東側400km、西側300kmという猛烈で超大型の台風であった。

台風は26日18時過ぎ、929 mbの勢力を持って潮岬の西15キロ付近に上陸した。上陸時の勢力としては、本州へ上陸した台風の中では今でも史上最強の記録である[注 3]。26日朝までの進行速度は毎時30km以下であったが次第に加速して、上陸後は60 - 70kmで紀伊半島を縦断し、中央高地を経て27日0時過ぎに日本海に抜けた頃には90kmにも達している。27日9時前後に秋田県沖に進んだ中心は次第に消滅し、青森県の日本海上に新たな中心が生じて東北東進する「ジャンプ現象」を起こした。

台風は同日21時に北海道の東で温帯低気圧に変わり、東太平洋にまで達して10月2日に消滅した。伊勢湾岸の高潮による大災害から、9月30日、気象庁により伊勢湾台風と命名された。

アメリカ海軍のレポートによれば、中心付近の最大風速は165ノット(約84.9m/s)を記録している[1]

気象庁命名台風気象庁命名名称国際名年
洞爺丸台風昭和29年台風第15号Marie1954年
狩野川台風昭和33年台風第22号Ida1958年
宮古島台風昭和34年台風第14号Sarah1959年
伊勢湾台風昭和34年台風第15号Vera
第2室戸台風昭和36年台風第18号Nancy1961年
第2宮古島台風昭和41年台風第18号Cora1966年
第3宮古島台風昭和43年台風第16号Della1968年
沖永良部台風昭和52年台風第9号Babe1977年
令和元年房総半島台風令和元年台風第15号Faxai2019年
令和元年東日本台風令和元年台風第19号Hagibis

上陸時(直前)の中心気圧が低い台風順位名称国際名中心気圧(hPa)上陸日時上陸地点
1第2室戸台風
(昭和36年台風第18号)Nancy9251961年昭和36年)9月16日 9時室戸岬西方
2伊勢湾台風
(昭和34年台風第15号)Vera9291959年(昭和34年)9月26日 18時潮岬西方


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:73 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef