人格転移の殺人
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『人格転移の殺人』(じんかくてんいのさつじん)は、西澤保彦による1996年に刊行された小説
概要

西澤保彦の通算5作目の小説。6人の老若男女の間で不定期に人格の交換が起こる、という超常的な現象の中で発生した殺人事件を扱う。SF的な現実離れした設定のもとで、あくまでもロジカルに推理を行うという筆者の作風を代表する作品の一つ。

本格ミステリベスト10の第1回目となる1997年版で8位[1]このミステリーがすごい!の1997年版国内編で10位にランクインした。

人格交換の設定は弓月光の短編漫画『笑って許して!』から影響を受けたものであり、著者は20代のころに友人と出したSF小説同人誌にも似た設定の作品を載せたという[2]。その同人作品と本作はストーリーなどは別物であるが、作中に登場する人間の精神にまつわる薀蓄などは共通している箇所もあるという。また、それらの薀蓄は岸田秀の著作『ものぐさ精神分析』(1977年)を参考・引用しているという。巻末解説は、単行本では大森望が、文庫本では森博嗣が務める。
ストーリー

時は199X年12月21日、場所はアメリカ合衆国カリフォルニア州にある小さなハンバーガーショップ。食事を摂っていた日本人男性の苫江利夫(とま えりお)は、数十年に一度という規模の大地震に遭ってしまった。店の中にいた人々は負傷し、出入口が潰れてしまった事から脱出も出来なくなった。今にも天井が落下して全員が圧死しかねない状況の中、人々は地下へと通じる封鎖されていたドアを破って逃げ込み、難を逃れた。

負傷のショックで意識を失った江利夫が目覚めて鏡を見ると、別人の顔が映っていた。江利夫の精神は他の人物の肉体へと『転移』していたのだった。

店の地下に広がる空間は、侵入した複数名の人格を入れ替える『人格転移』を起こす不思議な装置だった。機密事項として隠匿された装置の存在を図らずしも知ってしまった江利夫たちは、処遇が決まるまでの数日間を監禁される事となった。人種性別年齢の異なる江利夫たち6人は、不定期に起こる『人格転移』により、6人の肉体の間を人格が移り歩くという奇妙な現象に悩まされるのだった。

そんな密室の中で起こった連続殺人事件。次々と人格転移が行われる中で起こったその殺人の、犯人の『人格』は誰なのか。
用語
入れ替わりの環(スイッチ・サークル)
概要

アメリカ合衆国カリフォルニア州S市に存在する約80平方メートルほどの広さの円状の空間で、複数の人物が足を踏み入れると『人格転移』が起こる。

例えば、AとBという人物がこの空間に入ると、Aの肉体にBの人格が、Bの肉体にAの人格が宿る。その転移は一度きりでは終わらず、その後も不定期にAとBの人格が繰り返し入れ替わる『交換癖』とも言うべき現象が続く。1秒と経たず転移を繰り返すこともあれば、数年間転移が起こらない場合もある。この現象は二人のうちの片方が死なない限り終わらないとされる。

Aの肉体と人格が一致した状態でAが亡くなれば、Bはその後肉体と人格の不一致を起こさず正常な状態でいられるようになる。しかし、Aの肉体にBの人格が宿っている時にAの肉体が死亡すると、一緒に消えるのはBの人格であり、残されたAの人格はBの肉体で生き続ける事となる。

空間に入った人数が3人以上でも、やはり同様の現象が起きる。1名だけが入室した場合は何も起こらない。また、2名の間で人格転移が起こった後でその場にもう1人を追加しても、改めて3人の間で転移が発生することはなく、何も起こらない。例えば、人物AとBの間で人格転移が起こった後に、人物Cを追加しても何も起こらないが、更に人物DとEを追加すると、C・D・E間で人格転移が発生する。

この装置の原理は科学では説明が出来ず、誰がなんのために造ったのかも不明。作中では最後まで舞台装置に徹し、人智の及ばぬものとして正体の解明は行われない。
部屋(チェンバー)
『入れ替わりの環』の空間自体を指す。
仮面舞踏会(マスカレード)
『部屋』に入った人物たちの人格が、不定期的に次々と入れ替わっていく様子を指す。『人格転移』『交換癖』の事。
遮断壁(スプリット・スクリーン)
複数名が『部屋』に入ると発生する、目には見えないバリアのようなもの。ただし、発生する一瞬だけは光線のようなものがわずかに視認できる。固く、弾丸をも通さない。2人で入った場合には、中央部から発生した2本の遮断壁が人を跳ね飛ばすようにして2人を手前と奥に分け、遮断壁が発生した瞬間には既に人格転移は終えられている。『部屋』に入った人数が3人以上の場合は、人数に応じて『補助線』としてスクリーンが追加される。通常の場合は遮断壁も補助線も瞬時に消え去るが、江利夫たちに人格転移が起こった際には地震の強い衝撃のためか補助線のみが消えて遮断壁はしばらく残り、人によっては遮断壁に阻まれて出られない状態が続いた。遮断壁と補助線の図解を由来として、2人の際に起きる人格転移を『チョップスティック』、3人以上は『八本脚(オクトパス)』と称する。
スライド
人格転移の順は無秩序ではなく、スライド式(玉突き式)になっている。例えば、A・B・C・Dの四人が『人格転移』を起こした場合、Aの人格は各々の肉体に宿っていきB→C→D→Aと一巡して本来の肉体に戻った後に、またB→C→D→Aとスライドされていく。この順番は、『遮断壁』と『補助線』に区分けされた際の位置によって決定される。区分けは自動的に行われるため、スライドの順を任意に定めることは出来ない。一度順番を決められた後には、順番が狂うことはない。スライドが行われているグループは『スライドサークル』と称される。スライドサークル内で死亡者が出た場合、例えばCの肉体が亡くなると、Cの空席をまたいでAの人格はB→D→Aと転移する事となる。
沿革

1970年代には、CIA国防総省航空宇宙局アメリカ陸軍国防大学戦略問題研究所、ヘリテージ財団連邦捜査局など、合衆国総出でこの装置の研究を行っていたが、機密事項として公にはされなかった。研究プロジェクト名は「スイッチ・サークル」の頭文字のSCを置き換えた『第二の都市(セカンド・シティ)』。

研究のために人格転移を行わせた被験体たちは、長生きできない立場にある高齢者や病人に限られた。秘密裏に研究を進めるため、また、長い生涯を人格転移に振り回させるのは酷だという配慮のためである。

研究を重ねても装置を有効活用する方法は見つからず、プロジェクトは70年代のうちに破棄された。しかし、科学の発展の末に活用法が浮かぶ可能性もあるからと、完全な破壊もされずに保管される事となった。

1990年代には、民間人が侵入しないよう『入れ替わりの環』に通じる地下階段への入口は封じられていた。辺り一帯の上にショッピングモールが建ち、『入れ替わりの環』の真上の小さなテナントにはハンバーガーショップが入った。地下へと通じる入口は内装に馴染まず目立つ異様なもので、その正体は伏せられ、有事のために造られたシェルターに通じているのではないかと噂されていた。
寮(ドーム)

『入れ替わりの環』研究プロジェクトの被験者が住まわされた施設。プロジェクト廃棄後は閉鎖されていたが、後に苫江利夫たちを監禁するための場所として再利用される。12月でも薄着で暖かくすごせる気候から、『入れ替わりの環』が所在するカリフォルニア州とは遠く離れた場所に存在すると推測されているが、正確な所在地は不明。高さおよそ10メートルほどの壁と、海とに囲まれ、海側も金網によって封鎖され、脱走や部外者の侵入は出来ないようになっている。中央に管理棟、管理棟の周囲には6つの煉瓦造りの平屋が設置されている。平屋は『自我牢(エゴ・ジョイント)』と名付けられている。『自我牢』の内部の広さは20畳ほど。各々の『自我牢』には1から6までの番号がふられており、内外の壁や窓にその数字が大きく彫り込まれている。被験者らは1人に1つずつ『自我牢』を割り当てられ、肉体ではなく人格に沿って決められた『自我牢』で寝泊まりする。
登場人物
『入れ替わりの環』へ逃げ込んだ7人

199X年12月21日にハンバーガーショップ『チキンハウス』に居たところ、数十年に一度という規模の直下型大地震に巻き込まれ、避難のために『入れ替わりの環』へと逃げこんでしまった7人。うち1名は地震発生時に死亡。残り6人の間で人格転移が行われる事となった。表向きは震災により全員亡くなった事にされ、処遇が決まるまでの23日から26日までの間、かつてプロジェクトで被験者に提供されていた『寮』に監禁される事となる。
苫江利夫(とま えりお)
埼玉県和光市出身の日本人男性。33歳。シカゴ大学・大学院とで併せて8年間の学生生活をアメリカで送り、流暢に英語を話す。それぞれ特徴的な言葉遣いをする7人の中では、最も標準的なアメリカ英語を使う。現在は埼玉県で総合電機メーカーに勤め、世間的にはエリートサラリーマンと呼ばれる立場。しかし自己評価は低く、何事に対しても自虐的に語る。見合いで知り合った美由紀という女性と、結納を交わすほどに仲を深めていたが、気まぐれに挙式直前で別れを切り出され、それでも復縁を夢見て彼女のいるカリフォルニアへ向かったものの、夢破れて落ち込んでいた。『寮』では、ぶつかりあう個性的なメンバーらの調停役を行うことが多かった。地震発生時に肋骨を折っている。割り振られた『自我牢』の番号は3番。
ジャクリーン・ターケル
イギリスノッティンガム出身の白人女性。24歳。美女だが売れていない女優で、ソープオペラのオーディションを受けるため渡米した。美しいブリティッシュ・イングリッシュで話す。アッシュブロンドの髪を腰まで伸ばし、目は緑色。どれだけ野暮ったい服を着ようとも隠すことのできない蠱惑的な肉体を持つ。長身で、背は江利夫よりも高い。自らの美貌を資産として大切に扱い、人格転移により他人に体を明け渡すことを誰よりも嘆いた。共に『入れ替わりの環』へ逃げ込んだ7人のうち、同じ女性である窪田綾子は早期に亡くなってしまったため、6人による『寮』生活の中では紅一点となった。自らの肉体を守るために気を張って、男性陣に対しわざと感情的かつ攻撃的に接した。容赦のない振る舞いは全てが演技なわけでもないが、本来の性格は理知的な面も強い。両親の離婚により父子家庭で育ったが、父を亡くしてからは母と会うこともなく一人で生きていた。大学卒業後に一旦は学芸員の職を得たが、演劇への夢を捨てきれずに転身した。同い年で舞台演出家のストーリング・ウッズという男性と結婚を前提に交際しており、彼の手がけた舞台で主演を務める事が夢。地震発生時に右足首をひどく捻挫している。その際に、混乱しながら傍にいた江利夫に強くしがみつき彼の肋骨を折ってしまった事を気に病んでいる。割り振られた『自我牢』の番号は5番。
ボビイ・ウエッブ(Bobbie Webb)
カリフォルニア在住の黒人男性。16歳。高校生。語尾に独特のアクセントがつく黒人特有の訛りがある英語で話す。『入れ替わりの環』の上に位置するハンバーガーショップ『チキンハウス』のオーナーの甥にして店員。日本人の江利夫から見れば十代の少年である事が疑わしく思えるほど逞しい体格。煙草やマリファナに手を出しており異性関係も乱れていると素行不良だが、我の強い者が多い『寮』のメンバー内においては比較的協調性がある方で、唯一の女性であるジャクリーンを気遣った。自ら「こう見えてインテリ」と称する。また、江利夫が信頼に足る人物としてメンバー内で最初に心を開けた相手でもあった。友人の兄が日本のアニメ愛好家である影響から、幾つかのアニメソングを日本語のままで歌え、日本語の単語もいくらか知っている。割り振られた『自我牢』の番号は2番。
ランディ・カークブライド
アメリカ合衆国フロリダ州ゲインズビル在住の男性。52歳。親から継いだリネン・サービス業を営んでいる。南部訛りの英語で話し、文章上は関西弁風に表現される。


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