交尾_(小説)
[Wikipedia|▼Menu]

交尾
訳題Mating
作者
梶井基次郎
日本
言語日本語
ジャンル短編小説
発表形態雑誌掲載
初出情報
初出『作品1931年1月1日発行1月号
刊本情報
収録作品集『檸檬
出版元武蔵野書院
出版年月日1931年5月15日
題字梶井基次郎
ウィキポータル 文学 ポータル 書物
テンプレートを表示

『交尾』(こうび)は、梶井基次郎短編小説。「その一」「その二」の2話から成る。夜の物干し台から見えた猫の抱擁や、の瀬で鳴く河鹿の可憐な求愛行動を題材にした随想的短編で、初出掲載当時に多くの作家から絶賛された作品である[1][2]。猫の方は大阪阿倍野の実家、河鹿の方は伊豆湯ヶ島での体験である[2][3][4][5]。死が間近に迫り、幸福な結婚も望めなくなった基次郎の性(生)に対する郷愁が垣間見られる作品でもある[6]水族館で目にしたすっぽん交尾を題材にした「その三」も書かれたが、基次郎の死により未完の遺稿となった[3][7][8]
発表経過

1931年(昭和6年)1月1日発行の同人誌作品』1月号に掲載された[9]。その後、同年5月15日に武蔵野書院より刊行の作品集『檸檬』に収録された[9]。同書には他に17編の短編が収録されている[10]

翻訳版は、Robert Allan Ulmer、Stephen Dodd訳による英語(英題:Mating)、Christine Kodama訳によるフランス語(仏題:Accouplements)で出版されている[11][12][注釈 1]
あらすじ
その一

人々が寝静まっている或る夜、病身の「私」は熱で火照って眼が冴え、物干し場に出ていた。頭上の星空には光を瞬間消す蝙蝠が何匹か飛んでいる。物干し場からは家の裏横手の路地が見下ろせ、近所の家々はまるで港に舫った無数の廻船のようにぎっしりと詰まり、「私」の家と同じように半ば朽ちかけた物干し場が各々にある。

「私」は一瞬、マックス・ペヒシュタインの絵「市に嘆けるクリスト」を思い出し、今自分がいる場がゲッセマネのような気もした[注釈 2]。静かな町並みから、魚屋の男の力ない咳がかすかに聞こえてくる。「私」はそれを気の毒に思いながら、自分の咳も他人にあんなふうに聞えるのかと客観的に耳をすませる。この貧乏な町では、病院に行く金もなく、つい最近まで働く姿を見かけた人が葬儀車で運ばれることもあった。

夜の路地にはしきりに白っぽい猫が往来していた。この町は犬を飼うような余裕の家はなく、商売人は皆、鼠を捕る猫を飼っている。我が物顔の猫たちはいつもブールヴァール(並木道)を闊歩する貴婦人のように悠然と歩き、市役所の測量士のようにから辻へと走り抜けていた。

「私」はふと、2匹の白猫が眼下の路地で寝転んで抱き合っているのを見て驚く。2匹は通常の猫の交尾の恰好ではなく、お互いが柔らかく噛み合い、前肢で突っ張り合いをしていた。それは不思議に艶めかしく、こんな可愛らしい猫の有様を「私」は今まで見たことがなかった。絡み合っている2匹は、「私」に男女の痴態を幻想させた。

そこへ路地の端の方から夜警の音を響かせながらやって来た。いつもなら「私」は、夜警が見えると、注意されるのが嫌で家の中へ引っこむの常だったが、この時は夜警がどうするのか見たくて、物干し場にずっと留まっていた。夜警は猫に気づくと、しばらくそれを眺めていた。

猫たちは夜警が2、3歩近づくと、くるりと首をそちらへ振り向けるが、まだ抱き合っていた。「私」は夜警の行動の方に興味をそそられた。夜警は杖をあえて猫の間近でついて見せ、2匹は一目散に別々の方向に分れて逃げてしまった。それを見送った夜警は、物干し場の「私」には全く気づかないまま、いつものようにつまらなさそうに杖を鳴らして立ち去っていった。
その二

「私」はの瀬で鳴く河鹿の様子を観察するため、瀬の際まで神速に近づき、後はひたすらじっと「俺は石だぞ」と念じて微動だせずに身をひそめる。そうすると、一度は隠れた河鹿が、また水の中や石の蔭から恐る恐る顔を出し、再び鳴声をあげ求愛のアンコールが始まる。

そんな時「私」は、芥川龍之介の『河童』のように、「河鹿の世界」に入ったかのような気分になり、緩やかな瀬の流れを見つめる河鹿の顔が、南画河童漁師のような点景人物そっくりに見えたりした。河鹿の前の流れが急に早くなった瞬間、河鹿と同化していた「私」もまた、その「天地の孤客」たる自分を感じた。

それより前に一度、「私」は河鹿を1匹捕まえて、硝子で蓋をしたに入れて観察しようとしたが、河鹿は自然の状態にはならずに、「私」が見ていると隠れたままであった。


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:124 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef